三話 7月25日、通り魔事件 ③
妖狐が宙に浮き、階段の先陣を切る。
俺と幸宮さんは廊下を抜け、二階への階段を踏みしめた。
階段からはギシギシと、シロアリにでもやられたかのような軋む音が鳴り響いた。底が抜けるんじゃないかと思うほど、階段は奇妙な音を立てている。
おまけにここにもガラスの破片が飛び散り、俺たちは一歩、また一歩と、慎重に上への階段を昇る。
階段の上まで昇ったその時。
ガシャーン!
「!!」
何かが壊れるような音が部屋の奥から鳴り響く。
俺たちはその音のなる部屋へと、急いで入っていった。
「!!」
【フーッフーッ!】
後ろを向き、何かを壊し続けるボロボロのコートの大男。
ガチャガチャと金属音を鳴り響かせ、粗い息を立てている。身長は2メートルを越えていた。
12畳程の部屋に、圧迫感を感じさせる巨体。
古びた特有の、埃とカビくさい刺激臭が、部屋に充満し、俺は思わず鼻を擦った。
男がこちらに気付かぬうちに、背中に向かって奇襲を仕掛けようと、俺は木刀を握り直した。間合いに入り、木刀を振り上げようとしたその時。
〖待て! 浅羽!〗
【わあああああ~~~!!!!】
男がいきなり上を向き、奇声をあげた。男の手には、鉈が握ってあった。それに気付いた時には、鉈は俺めがけて振り下ろされていた。
やべ、やられる!
「浅羽!」
〖全く、しょうがないのうっ〗
俺が顔を庇った瞬間、何かが光輝いた。
【……ぐあっ!】
その光に、男は思わず目を伏せる。
目の前を見ると、妖狐の体が金色に輝いていた。かと、思うと、後ろ襟首を幸宮さんに思いっきり引っ張られ、俺は後方に引き倒された。その勢いで尻もちをついてしまう。
「ぐえっ!」
「大丈夫か、浅羽?!」
ツキビトと相対しながら、幸宮さんは俺を背中側に隠した。
〖いきなり突っ込むヤツがあるか!〗
「こっちは木刀! あっちは鉈! 不利にも程がある!」
襟首を戻しながら、俺は叫んでいた。
〖ツキビトに言ってもしょうがないだろ〗
「私たちは、ツキビトに憑かれた人を殺さないよう、真剣の帯刀は許されていない。木刀、または殺傷能力の低い物で戦うしかないのだ」
「理不尽!」
立ち上がりながら、俺は木刀を両手で握り直す。
木刀なんて、一度鉈を受け止めたら、簡単に壊されちまう!
ここはどう躱しながら相手の間合いに入るか……。
そう考えている間も、相手は攻撃を止めてはくれない。
バキッ!!
男は自身の鉈を振りかざしては、幸宮さんに当てようとする。
しかし幸宮さんは、持ち前の身軽さで、簡単に避けていく。
幸宮さんが避けるその度に、鉈の振るう音がビュンビュンと、耳に響く。
たまに降り損ねた重い鉈が、ずっしりと、床にめり込んだ。
ここは二階──崩れそうなボロ屋。早く決着をつけなければ、床が抜け、下手すれば俺たちは家の下敷きだ。
【…う、うああ……。俺は……ない……】
突如男は、鉈を右手に持ったまま、頭を抱え始め、何やらブツブツとうわ言を繰り返している。
「!?」
【足り、ない……】
な、何だぁ?
【足り…、ない……】
男は、立ち止まっている俺に、鋭い眼光で視線を向け、今度は俺に鉈を振り下ろしてきた。
「げっ!」
鉈の錆び付いた鉄の匂いが、俺の鼻を掠める。
砕け散った木屑の破片が、辺り一面に飛び散った。メキメキと音がなる、今にも抜けそうな床。
「どうすりゃいいんだ!?」
木刀を握ったまま、俺は考えあぐねていた。
【お前、も……】
まだ何か喋ってやがる……。一体何だってんだ?
「浅羽! 集中しろ!」
幸宮さんのお叱りの言葉が耳に届く。
巨体な上に妙に身軽そうで、大男は鉈を軽々と振り回す。
「くそっ。近づけない……」
〖間合いに入らなければ攻撃は当てられんのぅ〗
でもどうすりゃ……。そうだ!
俺は飛び散った床板の分厚い木片を、足で蹴りあげ、野球の要領で、木刀で打った。見事に破片は大男の顔に命中。
男は痛いのか、顔を抑えていた。
見たか! 体育『5』の力!
〖何をやっとるんだ? あやつは?〗
「さ、さあ?」
幸宮さんと妖狐が呆れている。でも俺は──
「幸宮さん! 今の内にあいつの間合いに!」
俺の意図を組んでくれたのか、幸宮さんは、すぐさま動いてくれた。俺は続けて駄目押しのもう一発を、大男の顔に命中させる。男は木片に気を取られ、幸宮さんが間合いに入ったことに気付かない。
幸宮さんの鋭い突きが、まず男の右手の鉈を打ち落とした。続いて、右膝、左膝、左肩、右肩と、素早い動きで関節を狙っていく。
そして────
「これで終わりだ!」
幸宮さんは飛び上がり、空中のまま男の後頭部へと一撃をお見舞いした。そのまま男の背後へと立て膝で着地する。
最後の一撃が決まったのか、大男は膝から崩れ落ち、前のめりに倒れた。ドシンと重い体重が床にめり込み、ミシミシと音を立てた。
何とか家が崩れる前に倒せたようだ。
その瞬間、黒いモヤが、男の体から抜け出て、天に昇って霧散していった。
それと同時に、男の体に異変が起こった。何と大男の体が縮んでいき、そこには小柄な男性が横たわっていたのだ。
「え?」
ツキビトに憑かれた場合、体格さえも変わるのか。モヤが出て霧散するのは、屋上の時と同じ。ツキビトが成仏したってことなんだろうな。
そんなことを観察しながら考えていると、男はすぐさま目を覚ました。
「オ、オレは一体?」
片手で頭を抱えながら、男は何事かと自分の周りを見回す。女の子の時とは違い、起き上がる時間には個人差があるのかな?
男は俺と幸宮さんの顔を交互に見、その途端青ざめた。
「ああ! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「へ?」
先程鉈を振り回していたとは思えない程、か細くなった腕で男は自らの顔を覆い隠した。
「オレ、そんなつもり無かったんです! ただ、オレの身長を馬鹿にした者たちをちょっと驚かせようとしただけで!」
怯えきった小柄な男に、幸宮さんは追い討ちをかけるように、凄んだ声で睨む。
「ほう? では警察に自首するのか?」
「は、はい! 勿論!」
男はへらへらと笑いながら、幸宮さんの問いかけにへりくだった。




