三話 7月25日、通り魔事件 ②
アパートの中。幸宮さんの部屋。
意外にも幸宮さんの部屋は殺風景で、家具はテーブルと衣装ケースが一つずつ置いてあるきりだった。梯子の上を見上げればそこにはロフトが付いていた。
幸宮さんとヨウコ先生に囲まれながら、俺は先程あったことを二人に全部話した。
「まあ、いきなりツキビトに襲いかからなかったのは、お前にしては懸命な判断だの」
「それどころじゃなかったって! 優希は倒れるし、中西はうるさいし、それに幸宮さんも居ないのに……」
「ツキビトとすれ違って、襲われなかったのは良かった」
俺に向けて幸宮さんが安堵の笑みをこぼす。
「だがやはり、ツキビトはこの近くに身を潜めているのだな」
「そうだのぅ、今もヤツは獲物を狙っておる。早く何とかせんといかんの」
腕を組んで、思案顔でヨウコ先生は、テーブルの上の麦茶から水滴が落ちるのを見つめていた。
沈黙が周りを包む中、不意に幸宮さんが口を開いた。
「そういえば浅羽」
名前を呼ばれ、そちらを向くと、幸宮さんはカバンからスマホを取り出していた。
「まだ連絡先交換してなかったな。今後もこういうことがあるかも知れないから、その時は、私に連絡してくれ」
──幸宮さんの番号!
差し出されたスマホに、俺は嬉しさが頂点に達した。思わず顔が綻ぶ。
いやいや、ここは冷静にと、メッセージアプリの友達追加を押した。
「よくもまぁ、そんな難しそうなことが出来るのぅ……」
ヨウコ先生が苦虫を噛み潰したような顔で、俺の手元を見てくる。
「わしはそんなまどろっこしい物は好かんわ」
「え? じゃあ不便じゃないですか?」
「わしには固定電話があるから大丈夫だ」
ヨウコ先生は堂々と胸を張るが、時代に取り残された感が否めない。
「今時、高齢者でもスマホ使いこなしてるのに……」
思わず口を滑らした瞬間、ヨウコ先生は眉間にシワを寄せてこちらを睨んだ。
「何だ? わしがババァとでも言いたいんか?」
「い、いえ……」
凄まれた顔を向けられ、俺は冷や汗をたらりと垂らした。
これがついこの間の話。そして、7月25日の今日──
ヨウコ先生が並々ならぬ嗅覚でツキビトの気配を辿り、俺たちはこの家にツキビトが居着いている可能性があるのを突き止めた。
「でも、空き家とはいえ、流石に勝手に入るのはまずいんじゃ……」
どうにか入るのを逃れようと、俺は何とか良い言い訳を探した。が。
「大丈夫だ。既に許可は取ってある」
幸宮さんは紙をペラっと一枚取り出した。そこには許可証とでかでかと書かれてあり、その下に読みたくもない細かい文字がびっしりと書かれてあった。何かしらの印まで押してある。
いや、何処の何の、誰の許可だよ!?
〖観念しろ、浅羽〗
幸宮さんの肩に乗っている妖狐の、ちょこんと可愛いらしい二本の尻尾が揺れた。
「何でヨウコ先生はキツネの姿なんだ?」
〖この方が匂いを辿れるからの。──それより〗
見た目らしからぬ凄みのある声で喋る妖狐は、建物を凝視し、次の言葉を幸宮さんに託した。
「やはりツキビトの気配がする……。入るぞ、浅羽」
左手に木刀を持ち、幸宮さんが先陣を切るように、玄関のドアを開けた。俺は両手で木刀を持って、仕方なく幸宮さんの後を追った。
中に入ると、踏みしめたガラスの破片が、ガチャリと音を立てる。昼間のはずなのに薄暗く、一歩間違えば怪我をしそうだ。
玄関を開けた目の前には二階へ続く階段。左側はリビングかな? 俺たちは、まず開け放たれているドアから、リビングの中に入っていった。
「……誰も居ないな……」
「いや、誰か居たら怖いでしょ……」
足元には若者が遊び半分で入ったのか、お菓子の袋が散乱していた。おまけによろしくない肌色の雑誌もある。空き家を秘密基地代わりにでもしていたのか?
ガタッ。
「!」
俺と幸宮さんと妖狐は、音のする二階の方に同時に目を向けた。
「やはり……居る……」
「ま、マジ?」
〖二階に行くぞっ〗




