二話 嘘 ④
保健室に二人を運び、ベッドに寝かせる。
もうとっくに五時間目も始まってる。
でも、授業どころじゃない。
幸宮さんが言うには、優希はツキビトの瘴気に当てられて、意識を失ったらしい。
もしかしたら俺のように霊も見えるようになるのか聞いたけど、幸宮さんはそれはないと言っていた。
どうやら優希にその素質はないらしい。よくは分からなかったけど。
それにしてもツキビトってのは一体何なんだ?
悪霊って言っても、祟りとか呪い殺すとかではなく、人に乗り移って物質的に襲って来るなんて……。
俺は今までそんな危険と隣合わせの世界に住んでいたのか?
そうしてこうやって、優希みたいに他者を巻き込んで…。
いや、優希が巻き込まれたのは俺のせいか?
俺が────
「しょう…、ちゃん?」
「優希!」
「私…、何で保健室に……?」
キョロキョロと辺りを見回す優希。
その姿に安堵しつつも、先程の優希の姿が頭から離れない。泣きそうになるのを振り切り、俺は平静を装うように無理やり笑顔を作った。
「ああ、ほら! 優希、いきなり倒れたんだよっ。先生が言うには、貧血だろうって!」
「貧血?」
優希は首をかしげた後、
「私そんな虚弱体質だったかな?」
と、自身の両手を見た。
「今日はもう早退した方がいいって先生が言ってたからさ。ほら、送ってってやるから……」
「う、うん…。でも、しょうちゃん…、授業いいの?」
「俺のことはいいんだよ!」
つい語気を強めてしまう。俺の声に少しだけ肩を震わせた優希に、俺はハッとなり、慌てて取り繕った。
「……ほら、俺は単位足りてるから」
優希の荷物を肩にかけながら立ち上がると、優希の方を振り向けずに保健室を出た。
いつもの下校の道。しかし、あんなことがあったせいか、周りのものが全て敵に見える。
よく見ると、電柱の影やら、塀の上やら空やらに、浮遊霊らしき姿が見えた。殺気だっているのが分かったのか、俺が睨みを利かすと、その影は怯えたように姿を消した。
「しょ、しょうちゃんっ」
いつの間にか優希の手を握り締めていた。優希は痛そうに顔を歪めている。
「あ! ご、ごめん……」
思わず握ってた手を慌てて振りほどいた。
力の込め方を誤り、手には鈍い痛みが走った。
自身の手を見ると、少し赤みがかっている。これじゃあ優希は痛かったはずだ。
自分自身の弱さを見つめるように俺は掌を握り、力なく開いた。
俺は今までツキビトに狙われたことなんてない。優希だってそうだ。ということは、ツキビトは“見える人”に襲って来るということか? 優希は俺に巻き込まれただけ……。
このままでいいのか? 俺の側にいたら、また優希を危険な目に……。俺は────
「しょうちゃん……?」
優希の声にハッとした。俺の強張る顔を不安そうに覗く。冷や汗が顔を伝うのを感じ、必死に笑顔を取り繕った。
「あ、あのさ優希!」
優希が巻き込まれないようにする為に考えた結果、俺にはもうこれしか思いつかなかった。
「これからは一緒に帰るの止めないか?」
「え?」
「ほら! これからは男の友情を深めようって、中西と言っててさ」
俺、ちゃんと笑えてるよな…?
「それに、もう朝迎えに来なくていいから!」
ちゃんと普通に出来てるよな……。
「ほら、俺達もう高校生だし…、いい加減、俺も一人で起きられるしさ!」
胸の奥が痛むのを感じる。泣きそうになりながらも誤魔化しの嘘が俺の口をついて出た。
「…そっか。……分かった」
少し寂しそうな悲しそうな顔で優希はうつ向きながらそう言った。
こうなるって分かってたはずなのに。優希を悲しませたいわけじゃなかったのに……。
俺はまた間違ったのか……?
いや、これでいいんだ──。
──これで……。
次の日の朝。
二階から窓の外を確認する。どうやら優希は来てないようだ。
──これで良かったんだ。もう優希を巻き込みたくない。
俺は一人で学校の通学路を歩いていた。その時。
「──浅羽!」
「…?! あれ、幸宮さん?」
後ろから声をかけられ、振り向くと、こちらに走ってくる幸宮さんの姿があった。
「偶然だな」
「幸宮さん、この辺に住んでるの?」
「ああ、あそこのアパートだ」
幸宮さんは俺の近所のアパートを指差した。二階立ての見知ったアパートは、最近塗装したばかりのようで、ピンク色の外壁が真新しさを感じさせる。
「へえ、意外と近くに居たんだね」
「じゃあ、私は先に行くから!」
「え?」
幸宮さんは、地面を小気味良く蹴り出し、足早に走り出した。
「今日日直なんだ!」
振り返り、笑顔で手を振る幸宮さん。夏の陽射しに照らされて、スカートを翻すその姿は、爽やか以外の何者でもなかった。
「よお! 浅羽! 偶然だな!」
幸宮さんに手を振り返す中、いきなり肩に重圧がかかる。そのうざったい声の主は……。
「中西……」
今爽やかに去って行った幸宮さんとは対照的に、暑苦しい体が俺の肌に密着した。
「離れろっ!」
俺は中西の顔をこれでもかと引き剥がした。しかし、中西は俺の肩に手を置いたまま。
「おやおや、あれを行くは幸宮さんではないですか? まさかお前幸宮さんと一緒に登校してるのか!? 親友のオレを差し置いて!」
「何でそうなるんだよ……。一緒に登校してたら、今隣にいるだろ? 俺はそこでたまたま会って挨拶しただけだ」
「挨拶! あの麗しの女神に挨拶! それだけでも羨ましい!」
中西は身をよじり、祈るように両手を組んだ。俺はようやく解放された肩を、凝りをほぐすようにゆっくり回した。
俺は挨拶どころか、組織にまで連れられて、あまつさえ幸宮さんの手料理までもご馳走になっているのだが……。まあ、それは言うまい……。
「お前知らないのか? 今幸宮さん、学年美少女ランキング堂々の一位だぞ?」
「いっ!?」
「今までは鈴原とC組の朝桐さんとで一、二位を争ってたんだが、幸宮さんが来たことで順位が変動したんだ。今のところ、一位が幸宮さん、二位が朝桐さん、三位が鈴原だ」
「俺、そんなランキングがあるなんて初耳だぞ?」
「オレを主導に一部の有志達で密かにやっているランキングだからなっ。加わりたいか?」
「結構だ!」
──それにしても優希のやつが三位か……。今までずっと一緒にいたけど、そんな風に見たことも考えたこともなかったな……。
「ところで、その学年三位の美少女はいずこに?」
「優希ならもう学校についてんじゃねえか?」
「ついてんじゃねえかって、何で一緒にいねえんだ? お前達ほぼ毎日一緒に登校してたじゃねえか」
「ああ、もうガキじゃねえんだ。これからはお互い別々に登校しようって俺が提案した」
「何!?」
「何だよ?」
「お前それまずいぞ! 考えてもみろ! 学年三位の美少女だぞ! 今まではお前が防波堤になってたかもしれんが、他の男子がほっとくはずがない! お前という目の上のたんこぶが居なくなった今、鈴原が男子達にどんな目に遭うか!」
「誰が目の上のたんこぶだよ、誰が」
と言いつつも、中西の言うことも一理ある。学年三位の美少女だというのは今しがた知ったが、俺が登下校を共にしていたことで他の男子の抑止力になってたというのはあながち嘘でもないと思う。今頃優希のやつ、男子たちにちょっかい出されて困ってるんじゃ……。アイツ昔から引っ込み思案で人見知りだからな……。
そう思った途端、優希のことが少し心配になってきた。
「俺、ちょっと行ってくるわ!」
「え? 浅羽?」
俺は中西をその場に置いていき、学校まで走っていった。
「ちょっとからかいすぎたかな……」
中西の呟きは俺には届かなかった。
「優希!」
俺は言いながら、慌てて教室のドアをバン! と思い切り開けた。
教室の通路側・前から二番目の席には、いつも通り優希がいた。こちらを見、目を丸くしている。本を読んでいたのか、開いていたページがパラパラと靡いた。
俺はいつも通りのその様子に少し安堵した。そして冷静になって周りを見ると、クラスメイト達がヒソヒソとこちらを見ながら、なにやら内緒話をしている。俺はその様子に途端に恥ずかしくなった。
「お、おはよう」
目もろくに合わせられず、手を中途半端に上げ、俺は優希の前を通り過ぎようとした。
「あ、おはよう……浅羽くん」
「へ?」
浅羽…くん?
そのセリフに、思わず振り返ったが、優希は髪を耳にかけ、また本に目を通し始めた。
動揺を隠しつつも、俺は自分の窓際の席へと着席した。すると、女子たちが俺の方を横目で見ながら、優希に話しかけている。
「ねえねえ! 浅羽くんってどういうこと!?」
「別に……。子供じゃないんだからもう名前で呼ぶのはやめようかなって思っただけ……」
「じゃあなにその髪?」
そんな声が微かに聞こえる。
へ? 髪? 改めて優希を見ると、肩より少し長かった二つ結びのいつもの髪が、バッサリと首元が見えるショートカットに変わっていた。
俺が優希の方を見ていると、一瞬だが、優希と目があった。だが気まずさから俺も優希もお互いに顔をそむけてしまう。俺は優希に気付かれないよう、再び優希をチラ見した。優希は何やら、女子生徒にヒソヒソ耳打ちしていた。
「え!? 浅羽、ひどっ!」
いきなり自分の名前を呼ばれ、肩をビクつかせてしまう。
はいはい。どうせ俺はひどい男ですよ。優希のヤツ、俺の悪口でも言ったのか? でも、まさか優希が悪口なんか言うはずないか……。
俺は優希が気になり、休み時間に声をかけた。だが、女子達の取り巻きが俺を睨み付け、俺は輪にすら入れず、その日は優希と会話すら出来ずに終わった。
次の日も俺は優希に声をかけた。だが返って来た言葉は、「おはよう浅羽くん」の一言のみ。それからは会話もないまま、放課後になり、俺がさよならと言えば「さよなら浅羽くん」。返事は返してくれるが、たったそれだけ。以前のようににこやかに笑いかけてくれはしない。
完全に優希との距離が開いてしまった。
俺は間違えてしまった。
もう元の関係に戻ることはないのだろうか? そんな虫のいいことを考えて俺は首を横に振った。
いや、これで良かったんだ。これで優希がツキビトとの争いに巻き込まれることはなくなるはず。
そうして、優希との距離が縮まらないまま、夏休みに入ってしまった。




