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【新改訂版】T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席
第3章 混沌 T-DAYプラス1日〜5日

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26/31

203Y年2月6日 ナルヴァ/ヴィリニュス/宗谷海峡

2月6日

エストニア共和国 イダ・ヴィル県 ナルヴァ市

エストニア最東端の都市ナルヴァは、川幅わずか百数十メートルのナルヴァ川を挟んでロシア領土と向かい合っている。西側には13世紀に建てられたヘルマン城の角塔が立ち、川を挟んだ対岸にはロシア側のイヴァンゴロド要塞が灰色の石壁を並べる。住民の8割以上がロシア語を話す住民で占められたこの国境の街は、常に地政学的な緊張を抱えていた。

未明、零下10度を下回る寒気の中、市街地南部に位置するナルヴァ変電所で鈍い爆発音が響いた。

高圧変圧器の基礎部分に仕掛けられた爆薬が炸裂し、黒煙と火の手が吹き上がる。主要な送電系統が寸断され、市内の街灯や集合住宅の窓明かりが一斉に消失した。


街が暗闇に沈む中、ラフヴァ・ヴァリヤ通りにあるイダ警察管区・ナルヴァ警察署の庁舎では、非常用ディーゼル発電機が唸りを上げて起動していた。窓ガラスの奥に数基の蛍光灯が頼りなく灯る。

その時、暗がりから現れた数名の黒づくめの集団が、警察署の正面玄関へ向けて相次いで火炎瓶を投げ込んだ。

ガラスが砕け散る音と共に、玄関ポーチがオレンジ色の炎に包まれる。


「襲撃だ! 防弾ベストを着装しろ!」


宿直の当直警部が叫ぶ。

外の闇の中から、AK-74小銃の断続的な発射音が響いた。7.62ミリおよび5.45ミリ弾が庁舎の外壁を削り、窓ガラスを粉砕する。署内の警察官たちは床に伏せながら、支給されているグロック拳銃とヘッケラー&コッホMP5短機関銃を手に取り、窓枠から応射を開始した。

暗視装置を装着した襲撃犯たちは、サイレンの音が遠くから近づく気配を察知して、川沿いの暗がりへと散開して消えた。


リトアニア共和国 ビリニュス郡ビリニュス市 国防省

台湾海峡からユーラシア大陸を挟んで約8000キロメートルを隔てたヨーロッパ北東部。バルト3国の南端に位置するリトアニアの古都ビリニュスは、湿気と低い暗雲に包まれていた。ユネスコ世界遺産である旧市街の入り組んだ石畳(パヴェ)には、中世から続くパステルカラーやベージュの漆喰壁の建物が1200棟以上ひしめき合う。歩道に残る泥混じりの積雪は日中の融雪で緩み、夕方には再び凍りついて、鉛色の空を鏡のように映し出していた。

ネリス川の南岸にそびえる、13世紀の赤いレンガ造りの八角形「ゲディミナス塔」や、川を挟んで対面に位置する「3つの十字架の丘」の白い記念碑は冬の霧の奥に霞んでいる。ヴィルニャ川の緩やかな湾曲部に囲まれた芸術家たちの地区「ウジュピス」も普段の賑わいはなく、凍りついた水面と雪に覆われたカフェのテラス席が静まり返っていた。ゲディミナス塔から東へ30キロメートルほどの場所には、ロシアの同盟国ベラルーシとの国境線が走り、夜明け前の深い霧は、かつてこの地を往来した軍隊の進路を覆い隠すように大気中に滞留していた。

トトリウ通りにあるリトアニア国防省の地下深く、数世紀前の強固な石組みを補強して造られた国家防衛指揮センターは、サーバーラックの冷却ファンの排気音と、青白いマルチスクリーンの液晶光、そして断続的に鳴る警報音に包まれていた。


「……ベラルーシのリダに展開したロシア軍部隊を特定しました。西部軍管区第1親衛戦車軍の中核である第4親衛戦車師団『カンテミロフスカヤ』および第2親衛戦車師団『タマンスカヤ』です。衛星画像によれば、主力戦車T-90Mと歩兵戦闘車BMP-3の車列が、我が国国境を指向して再編されています」


情報官が淡々と状況を報告する。


「さらにカリーニングラード州では、第18親衛自動車化狙撃師団が戦闘配置を完了。バルト海艦隊のフリゲート艦『アドミラル・ゴルシコフ』級3隻がバルチースクを出港し、スヴァウキ・ギャップを南北から挟み込む態勢に入っています」


モニターが映し出すのは、ロシア領カリーニングラード州とベラルーシに挟まれた、リトアニアとポーランドを繋ぐ幅約65キロメートルの平原部――スヴァウキ・ギャップの戦術状況図だった。針葉樹林と湿地帯が点在し、バルト3国と他の北大西洋条約機構(N A T O)加盟国を結ぶ唯一の陸路、欧州道路E67号線が南北に走る戦略上の要衝だ。ロシア軍の動向は、この回廊を両側から塞ぐ構えを見せていた。


「エストニアのナルヴァ警察署が武装集団の襲撃を受けました。また我が国でも、国境付近の針葉樹林帯において階級章や国籍マークのない戦闘服を着用した不審な武装要員が目撃され、国境警備隊との間で小火器による撃ち合いが発生しています」


リトアニア軍の参謀総長が、苦渋を滲ませて呟いた。


「ロシアの『リトル・グリーン・メン』以外にあり得ん。台湾海峡、日本、朝鮮半島、そしてこのバルト海の緊張……。北京が太平洋で圧力をかけ、ワシントンを釘付けにしている隙に、モスクワが欧州を揺さぶりに来ている」


その時、センター内の照明が数回瞬き、非常用の予備電源に切り替わった。ビリニュス郊外の変電所が系統トラブルを起こし、街の一部が電力供給を断たれたのだ。

ほぼ同時に、地下の厚い石壁を透過して、重く長いサイレンの音が響き始めた。

ビリニュス市街全域に設置された防空警報システムが一斉に作動したのだ。旧市街の石畳の上空、低く垂れ込めた冬雲の下を、所属不明の小型ドローン数機が低周波のモーター音を響かせて侵入したのを対空監視レーダーが捉えていた。遠く旧市街の方向から、配備された近接防空火器の機関砲による断続的な曳光弾の炸裂音が微かに届き始める。


オホーツク海 宗谷海峡東方

北の海は鉄色のうねりを繰り返していた。北海道最北端の稚内市、宗谷岬から、対岸に位置する南樺太のクリリオン岬までを隔てる43キロメートルの宗谷海峡。オホーツク海から流れ出す流氷が白い影を海面に落とし、氷点下の風が波頭を削り取っている。稚内側の沿岸には、なだらかな起伏を持つ宗谷丘陵が深い雪に埋もれて白い地平線を形成し、日本最北端の碑が立つ岬の先には灰色の海原が広がっていた。対岸の南樺太側にはクリリオン岬の切り立った黒い断崖が雪を被ってそびえ立ち、その頂部にはロシア軍の監視レーダーサイトのアンテナが吹雪の向こうに霞んで見える。


「……パッシブ・ソナー、方位010より高速プロペラ音。キャビテーション音から推定、ウダロイ1級駆逐艦1。さらにその背後、コンバージェンス・ゾーンの第2バウンスに、複数の重厚な低周波音を捕捉。……この音紋、スラヴァ級ミサイル巡洋艦『ヴァリャーグ』です」


海上自衛隊のたいげい型潜水艦「はくげい」の艦内は赤暗い戦闘照明に照らされ、電子機器の発熱と乾燥した空気が室内に満ちていた。

ソナー員の報告が発令所に響く。艦長の中谷2佐は、潜望鏡のグリップを握ったまま耳を傾けていた。

宗谷海峡は、対馬海峡、津軽海峡と並び、ロシア太平洋艦隊がウラジオストクから外洋へ出るための3大チョークポイントの中で、最も北に位置する要衝である。

水深は最大でも60メートル程度と浅く、大型潜水艦にとっては制約の多い海域だ。しかしここを通過できれば、ウラジオストクの主力水上艦隊とペトロパブロフスク・カムチャツキーの弾道ミサイル搭(S S )載原子力潜水艦( B N)部隊との連絡路を確保できる。ロシアにとってここは太平洋への出口であり、オホーツク海の内海化を維持するための防衛線だった。


「クリル列島防衛演習……名目は変わらないな」


ウラジオストクから北上してきたロシア太平洋艦隊の主力に加え、カムチャツカの第40独立親衛海軍歩兵旅団、そして第155独立親衛海軍歩兵旅団の1個大隊戦術群(B T G)を乗せたロプーチャ級揚陸艦が、宗谷海峡の東口を塞ぐように展開している。


「ロシア海軍歩兵部隊の揚陸艦隊が、北海道の領海線近くまで南下しています。上空ではカモフ27対潜ヘリがディッピング・ソナーを降ろしている模様です」


水雷長の報告通り、海中には周期的に、探索用の音波――アクティブ・ソナーの「ピン」という金属音が遠くから届いていた。


「バルト三国を揺さぶり、極東では宗谷に圧力をかける。中国、北朝鮮、そしてロシア……歩調が合っている。世界規模で同時に負荷をかけてきているな」


中谷は息を整えた。


「特別無音潜航を継続。変温層の下に入り込め。……防衛出動下令を含むあらゆる事態を念頭に置いて、警戒を維持する」


「はくげい」はスクリューの回転を絞り、冷たい海中深くへ潜航を続けた。頭上では、ロシア太平洋艦隊の艦艇群が氷混じりの海を切り裂き、その推進器の振動が鋼鉄の船殻を通じて静かに伝わっていた。

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