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【新改訂版】T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席
第3章 混沌 T-DAYプラス1日〜5日

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23/31

203Y年2月5日 東京

203Y年2月5日

東京都新宿区市谷本村町 防衛省市ヶ谷地区

市ヶ谷駅から靖国通りを北へ進んでいくと、標高約30メートルの市ヶ谷台に悠然と聳え立つ防衛省の広大な敷地が見えてくる。

小銃を携えた陸海空3自衛隊の隊員たちが厳重に警衛を行う正門から入構し、長大なエスカレーターを上りきって左手の通路を進むと、国旗掲揚台が置かれ、大臣や外国要人がセレモニーを行う広大な儀仗広場、そして地上14階建てのA棟――政務三役や統合幕僚監部、防衛政策局などが入居する、日本の防衛のまさに中枢――ガラスとコンクリートの重厚なファサードがそびえ立っている。

A棟11階の最奥部。

防音構造と電磁波シールド処理が施された特別会議室の扉を開けると、暖房が静かに効いた室内に独特の緊迫感が漂っていた。

壁際、音を消して設置された大型テレビ画面では、NHKの報道特別番組が映し出されている。首相官邸前から戦後初の治安出動命令という衝撃の決定を伝えるアナウンサーの引き締まった表情。続いて、画面の中央には総理官邸の4階大会議室で先ほど開かれた「緊急対処事態対策本部」第1回会合の録画映像が流れていた。木目調の重厚な壁面で囲まれた大部屋の中央、長方形に連結された大型テーブルには「内閣総理大臣」「内閣官房長官」「防衛大臣」「外務大臣」をはじめとする全閣僚の木製名札が整然と並び、大泉総理を筆頭に、小野田防衛大臣を含む全閣僚が硬い面持ちで着席していた。画面を縁取る青のL字テロップには、緊急対処事態対策本部長つまり大泉総理が発令した警報に基づく国民保護情報――石垣市、竹富町、宮古島市そして多良間村に発令された島外への避難指示、それ以外の沖縄県内全市町村と、鹿児島県のうち薩南諸島の各市町村に発令された屋内退避指示、更に南西諸島をはじめとする西日本でのインフラ、生活情報などが延々と流れ続けていた。


その重苦しい余波を引きずったまま、11階特別会議室の中央に配された巨大な楕円形テーブルを囲むように、防衛省設置法によって、防衛省の所掌事務に関する基本的方針について審議すると定められた最高意思決定機関「防衛会議」の幕が開いた。

片側には、中央に座す防衛大臣の小野田をはじめ副大臣や大臣政務官、大臣補佐官といった政務の面々、事務次官の長谷川和彦、防衛政策局長の加藤哲也など各局長、防衛審議官や大臣官房長ら「背広組」の官僚たちが並ぶ。その対面には統合幕僚長の栗栖正和陸将、陸上幕僚長の三上剛陸将、海上幕僚長の岡部隆海将、航空幕僚長の竹内敬空将、そして情報本部長の山下海将ら「制服組」の最高幹部たちが鋭い眼光を走らせていた。

小野田防衛大臣が、正面のモニターに映し出された南西諸島の地図を指し示した。


「先刻ご承知の通り、総理から治安出動命令が下達されました。閣議決定に基づき、今回の治安出動行動命令の対象は自衛隊の一部――とは言っても陸上自衛隊西部方面隊および陸上総隊直轄部隊の全部、海上自衛隊自衛艦隊隷下の全部、航空自衛隊航空総隊隷下の全部、つまり陸でも数万人規模、海空では実戦部隊のほぼ全てという大規模なオペレーションになります。また、それ以外の全ての部隊に対しても、あわせて治安出動待機命令を発令しました。……しかし、事態は治安出動で収まる保証はどこにもありません。与那国島が占領されているだけでなく、台湾全域が海上封鎖を受けて通信が途絶し、フィリピン北部でも不審なテロ事案が発生するなど、事は既に東アジア全域を巻き込む危機です。武力攻撃事態への移行、防衛出動の発令まで至ることを想定し、防衛警備計画に基づく南西諸島への部隊展開を速やかに実施したい」


栗栖統合幕僚長が立ち上がった。制服の胸に並ぶ防衛記念章が室内の照明を反射して鈍く光る。


「統幕より実動計画を具申します。現在、熊本の8師団、名寄・旭川の2師団、相馬原の12旅団、そして善通寺の14旅団に対し、即応機動連隊を基幹とする事前配備部隊の緊急展開を指示しました。石垣島、宮古島、沖縄本島、そして奄美大島へそれぞれ約1000名規模の戦力を事前配置し、現地の15師団や各警備隊と合流させます。同時に、相浦駐屯地の水陸機動団について、主力の一部を速やかに沖縄本島へ推進させ、奪還作戦を含むあらゆる事態に備えさせます」


栗栖は手元のペーパーに目を落とし、さらに声を低くした。


「……万が一にも、島内に核弾頭、あるいは放射性物質を用いたダーティー・ボムが実際に存在する場合に備え、習志野の特殊作戦団を、核兵器捜索および無力化のための先行部隊として与那国島へ投入すべく、準備を開始しました。空挺降下、あるいは潜水艦による隠密潜入のシミュレーションを急がせています。また、大宮より中央特殊武器防護隊の一部を、入間のC-2輸送機により直ちに那覇駐屯地へ推進させます。放射能汚染が発生した際の検知・除染、そして救護体制を南西諸島の最前線に構築するのが狙いです」

「海自はどう動きますか」


小野田の問いに、海上幕僚長の岡部海将が引き締まった表情で答えた。


「既に呉と佐世保から、航空機搭載多機能護衛艦『かが』を旗艦とする水上艦隊・第2水上戦群の機動部隊と、水陸両用機雷戦群のもがみ型護衛艦が、沖縄本島、尖閣から石垣島にかけての海域に展開。一方、『いずも』を旗艦とする横須賀の第1水上戦群は、全面衝突に備えて敵ミサイル攻撃の射程外へ温存すべく、硫黄島近海で米国海軍第7艦隊(セブンスフリート)の空母『ジョージ・ワシントン』打撃群と合流し、戦闘準備態勢をとっています。呉と横須賀からは潜水艦を東シナ海および宮古、大隅海峡のチョークポイントへ向かわせました」


岡部はそこで言葉を切り、苦渋を滲ませた。


「……ですが最大の問題は、陸自部隊を各島へ展開する輸送能力、そして民間インフラの確保です」


加藤防衛政策局長が口を挟む。


「現在、各島への部隊展開と物資集積のため、南西諸島や九州の民間空港や港湾の優先使用について、国土交通省と調整を行っています。しかし現場では、先島諸島全域への避難指示が出されたことで、住民避難の優先順位を巡り大混乱が生じています。まず18歳未満の児童や妊婦、次に高齢者や病者を優先して避難を開始する方針ですが、民間の航空機も定期船も全く足りていません。海上保安庁の巡視船を総動員しても焼け石に水です。海保自身も、尖閣の領海警備など他にも外せない任務を負っていますから」

「自衛隊の艦艇を避難に使えないのか」


大臣政務官の問いに、三上陸幕長が首を横に振った。


「部隊を島へ運び込んだ帰りの輸送艦に住民を乗せる案は検討しています。しかし、相手から見れば灰色の自衛艦は明らかな軍事目標です。国際法上の保護を受けられない軍艦に住民を乗せれば、洋上で攻撃を受けた際、大惨事を招きかねません」


さらに、日米共同作戦の足並みにも見えない亀裂が走っていた。栗栖統幕長が報告を続ける。


「米軍との調整ですが、沖縄の第3海兵遠征部隊(3MEF)は、海兵沿岸連隊(M L R)を宮古、石垣島に展開する場合に備え、横田の共同運用調整所(B O C C)を通じて米軍側と連絡を取りつつ、防衛省、外務省、国交省、総務省を交えた実務的調整に入っています。しかし、太平洋艦隊の基地があるハワイのオアフ島、アンダーセン空軍基地やアプラ海軍基地のあるグアム島において大規模停電が発生し、更に港湾システムの障害が発生している模様です。全容は未だ不明なるも、中国側の高度なサイバー攻撃とみられ、米本土からの後続部隊展開には大きな遅延が生じている模様です。ポーカー政権の政治的躊躇に加え、物理的な足止めまで食らっているのが実情です」


重い課題が次々と積み重なり、会議室の空気が鉛のように沈み込んだその時だった。

会議室の重厚な扉がノックもなく乱暴に開き、背広組の秘書官が顔面を蒼白にして駆け込んできた。


「大臣、警察庁から緊急連絡です!沖縄県警によると今から20分前、石垣島の石垣港、および宮古島の平良港において、大規模な爆発が発生しました!何者かによる同時多発的な爆弾テロとみられます!」


テーブルの周囲が一斉にざわめいた。小野田が立ち上がる。


「何だと……被害状況は!」

「両港の岸壁に設置されていた大型荷揚げ用ガントリークレーンが、脚部を成形炸薬で吹き飛ばされて倒壊。航路とエプロンを塞ぎ、大型貨物船の接岸荷役が不可能な状態です!」


息を呑む音が室内に響いた。

民間の大型フェリーやRORO船を使った自衛隊部隊の海上展開ルートが物理的に塞がれたのだ。自衛隊が動くよりも早く、敵の潜入破壊工作員が先島諸島の生命線を先手を打って潰しにきたのだ。

A棟11階の特別会議室に、言葉を失った幹部たちの荒い息遣いだけが残されていた。


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