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【新改訂版】T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席
第3章 混沌 T-DAYプラス1日〜5日

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22/31

203Y年2月4日 東京

203Y年2月4日

東京都千代田区 内閣総理大臣官邸

千代田区永田町2丁目3番1号、内閣総理大臣官邸。内閣府や国会記者会館を真向かいとする東の正門、北の衆議院第1議員会館側、西の山王パークタワー側、南の損保ジャパン霞が関ビル側、敷地全周を取り囲む堅牢な鉄柵の周囲にポリスブルーの人員輸送車が並び、警備に当たる機動隊員たちの影を、降り始めた雨が濡れたアスファルトへと長く引き延ばしていた。

地下1階の危機管理センター内部、木目調の壁で囲まれた幹部会議室。天井に埋め込まれた無数の白色LEDパネルが室内を照らし出し、そこに集まった者たちの焦燥を露わにしている。壁一面を占める50インチ12面の大型モニターと48面のサブモニターには、全国の自衛隊と警察部隊の配置状況、長距離幹線交通などインフラの稼働状態、主要都市のライブカメラ映像、国内外テレビ局の報道番組が映し出されていた。

円卓の上座に腰掛ける大泉内閣総理大臣を囲むように、国家安全保障会議(N S C)・拡大9大臣会合に出席する主要閣僚が居並ぶ。外務大臣の岸山、防衛大臣の小野田、財務大臣の葛城、国家公安委員長の草薙らだ。さらに神埼国家安全保障局長、北町国家情報局長、高松内閣法制局長官、警察庁の山村長官および国松警備局長、外務省の鈴木総合外交政策局長が控え、防衛省からは背広組の長谷川事務次官、加藤防衛政策局長、それに統合幕僚長の栗栖陸将、情報本部長の山下海将ら制服組が顔を揃えていた。

手元のタブレット端末に表示されているのは、沈黙した日本最西端・与那国島の状況図だ。駐屯地からの定時報告、駐在所や機動隊からの警察無線、島民のSNS発信に至るまで、通信は未明を境に途絶していた。

山下情報本部長が硬い声で口を開いた。


「衛星画像が捉えた敵の装備品については、情報本部でも正直申し上げて困惑しております。地上に展開している装甲戦闘車両は、主砲や車体の形状から、米軍のストライカー装甲車を模倣して北朝鮮軍が生産配備した車両と断定しました。さらに地対空ミサイル発射機は北朝鮮のポンゲ系、地対艦ミサイルはロシア製のバル・システムに類似しています。何より――」


山下は机の上の青いファイルをめくり、言葉を慎重に選んだ。情報本部において最も深く秘匿された「電波部」、東シナ海全域を監視する喜界島通信所が掴んだSIGINTの分析結果だった。


「本日未明に与那国島内から発信された微弱な超短波通信を捉えました。暗号化された変調波を復調したところ、交信ログの冒頭に、標準的な平壌方言による朝鮮語の短い会話が含まれていました。『前進配置を完了した。哨戒線を維持せよ』という内容です」


室内を重苦しい沈黙が覆った。


「……朝鮮語だと?」


葛城財務大臣が眉を跳ね上げた。


「なぜ中国や台湾と接する島に、朝鮮半島の兵士がいるんだ。北朝鮮の工作員が上陸したとでもいうのか?」

「わかりません」


山下が首を横に振る。


「北朝鮮海軍に与那国まで重装備部隊を極秘裏に外洋輸送するだけの能力があるとは考えられません。しかし、現実に島にあるのは北朝鮮の兵器であり、交信しているのも朝鮮語です。情報本部内でも、背後に誰がいるのか、なぜこのタイミングなのか、判断が割れて紛糾しています」

「ただし、北朝鮮は過去、ロシアによるウクライナ侵略の際には、ロシアからの石油や軍事技術供与と引き換えに北朝鮮軍の大部隊をウクライナに派遣し、その事実をしばらく認めなかったという前例がございます。わたくし個人といたしましては、中国が何らかの見返りと引き換えに、北朝鮮軍をいわば傭兵として雇い入れたという分析が最もあり得そうに思われます。しかし、物的証拠は何らございません」


小野田防衛大臣が手元の資料をめくり、言葉を継いだ。


「何より、事態は与那国島単体のものではありません。中国が宣言した『防疫措置』により、台湾島全域が事実上の海上・航空封鎖下に置かれました。バシー海峡や台湾北方の公海上で中国海軍艦艇による威嚇射撃と臨検が始まっており、台湾のLNG備蓄は平時で2週間分、厳格な統制を行っても1カ月が限界です。与那国の制圧と台湾の封鎖は、外郭を同時に締め上げる一連の作戦と見るべきです。……もはや通常の警察力で対処できる水準を遥かに超えているという点では、防衛省・自衛隊も警察庁側と認識が一致しております」

「警察としても異論はありません」


山村警察庁長官が頷いた。


「島に派遣した機動隊や駐在所員との連絡は途絶しており、重火器や装甲車両を伴う相手に対して軽武装の警察力のみで治安を回復することは不可能です。自衛隊の出動は不可欠です」

「では、直ちに本件を『武力攻撃事態』と認定し、防衛出動を命じるべきです」


葛城財務大臣が語気を強めて口火を切った。


「日本の領土が外国の武装集団によって不法に制圧されている。明白な侵略行為だ。同時に、台湾での状況を『重要影響事態』に認定し、日米共同で対処する態勢を早急に整えるべきではないか」


制定当時は周辺事態法と呼ばれていた「重要影響事態安全確保法」では、日本の平和と安全に重要な影響を与える事態において、『日米安保条約の目的達成に寄与する活動を行っている米軍等』を支援するため、自衛隊による後方支援活動、捜索救助活動や船舶検査活動の実施を規定する。

だが外務、防衛、法制の実務トップの表情は一様に重かった。

かつて内閣総理大臣として、ロシアによるウクライナ侵略など未曾有の国際危機に対処した経験もある岸山外務大臣が静かに首を横に振った。


「武力攻撃事態の認定には、武力攻撃を行った主体である『外国』の特定が法的に不可欠です。しかし相手は所属標識を削り、北朝鮮製やロシア製の兵器を並べ、交信には朝鮮語を用い、ネット上では流暢な日本語で『琉球共和国臨時政府』を名乗っている。北朝鮮軍なのか、傭兵や民間軍事会社(P M S C)の類か、日本国内の反乱勢力なのか、中国軍の偽装工作なのか、動かぬ証拠を国際社会に提示できない段階で中国を名指しすることは危険です。実は非公式ルートを通じて、中国側から極めて強硬な申し入れが入っています」


岸山は視線を卓上の閣僚たちへ巡らせた。


「中国政府は『我が国は一切関知していない。もし日本政府が根拠なく中国による武力攻撃と認定し、軍事行動を起こすならば、それは日本から中国に対する事実上の宣戦布告とみなし、相応の報復措置をとる』と通告してきました。さらに、声明で敵が主張した『小型核兵器の保持』がある。信憑性は不明だが、北朝鮮も中国も現実に核を保有している以上、単なるハッタリと切り捨てることもできません。核の影はワシントンにとっても重い足枷になっています。ただでさえ孤立主義的なポーカー政権は、攻撃主体が不確定な事態への軍事介入に極めて慎重な姿勢であり、インド太平洋軍司令部からも統幕に対し『南西諸島と台湾の情勢は密接に連動している。奪還作戦のタイミングや軍事行動のレベルは米側と緊密に調整してほしい』と強い釘を刺されているのが現状ですよね」


岸山が確認を求めると、小野田は渋い表情で頷いた。

高松内閣法制局長官も補足した。


「外務大臣の指摘通りです。相手の国籍が確定しないまま『外国からの武力攻撃』と認定することは法的に無理筋であり、重要影響事態についても、支援対象となる米軍がそもそも出動するのか定まっていない現段階での適用には極めて慎重な判断を要します」

「では、指をくわえて島を見殺しにするというのか!」


葛城の苛立ちに、草薙国家公安委員長が具体策を提示した。


「武力攻撃事態の認定が困難であるならば、自衛隊法第78条に基づく『治安出動』を命じるべきです。誰の仕業であれ、警察力では治安を維持できない『間接侵略その他の緊急事態』であることは明白です。同時に、警察法第71条に基づき沖縄県に『緊急事態』を布告し、事態対処法第22条に基づき『緊急対処事態』を認定すべきです。これならば、特定の外国を名指しすることなく、自衛隊と警察の双方を直ちに動かすことができます」


国松警備局長が頷く。


「緊急事態が布告されれば、総理が警察庁長官を通じて沖縄県警を直接指揮できます。緊急対処事態の認定により、避難誘導や物資輸送など武力攻撃事態に準じた国民保護法の枠組みを活用できます」


議論が尽くされ、室内のすべての視線が円卓の上座、大泉総理へと集まった。

大泉は深く組んだ指を解き、静かに顔を上げた。


「我が国の主権と国民の安全が脅かされている以上、傍観は許されない。沖縄県への警察法に基づく緊急事態布告、および事態対処法に基づく緊急対処事態の認定を閣議決定します」


大泉は小野田防衛大臣と栗栖統合幕僚長を真っ向から見据えた。


「防衛大臣。自衛隊法第78条第1項の規定に基づき、自衛隊に対し『治安出動』を命じます。出動部隊の編成および展開計画を直ちに策定し、必要な命令を下達してください。米軍との作戦調整を水面下で進めつつ、南西諸島の防備と事態の鎮圧に万全を期すように」


「了解いたしました」


小野田が応じ、背後の制服組が一斉に起立した。


「官房長官、内閣官房と各省庁ですぐに閣議書の原案を作成してください。準備でき次第、4階の閣議室へ移動しましょう。今東京にいない閣僚には電話で了承を取ります。」

「了解しました。直ちに着手します」


大泉の指示に、松沢内閣官房長官もすぐに応じた。

自衛隊創設以来、一度も抜かれたことのなかった伝家の宝刀が、ついに鞘を払われた。

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