203Y年2月4日 金門/馬祖
203Y年2月4日
中華民国/台湾・金門県 金門島
金門島を包み込むのは、重く湿った海霧だった。わずか数キロメートル先にある大陸・厦門の摩天楼は、巨大な墓標のようなシルエットを海面に落としている。台湾本島から西へ約200キロメートル、しかし、中国大陸の福建省からはわずか数キロメートル。金門島と馬祖列島は文字通りの最前線だ。
台湾本島との定期船や航空便は昨日を最後に途絶。軍用無線も断続的にジャミングを受けている。金門島の軍民が使用する水や電力の一部は中国大陸から海底送水管、海底電線で送られており、この遮断も時間の問題であると考えられたため、金門県政府は早くも島民に節電・節水を呼びかけ、計画停電・輪番停電や計画的断水などに向けた準備も開始している。
「おい、風呂の水は落とすなよ。トイレを流すのに使うからな」
「洗濯も3日にいっぺんだ。役所の広報車が回ってきたろ。大陸側のバルブがいつ閉まるかわからんのだ」
金城鎮の古い路地では、ポリタンクを抱えた住民たちが不安げに言葉を交わしていた。
情勢緊迫に伴う総統府の命令により、軍部隊だけでなく島民にも配給することを想定した量の食料品や燃料、浄水器や基本的な医薬品などは事前に搬入されていた。だが限られた時間の中では全量を計画通り輸送完了することはできず、金門県政府と金門防衛指揮部は、飢餓に陥らない程度の最低限のカロリーで命を繋ぐ窮乏生活を覚悟していた。
金門島、「中華民国」においても「台湾省」ではなく「福建省」に属するこの島は、地理的にも大陸の懐に深く入り込んでいる。対岸の中華人民共和国福建省厦門市との距離は最短地点でわずか2キロ。島の北側に位置する馬山観測所からは、厦門にそびえ立つ角張った摩天楼の窓一つひとつが、高性能の双眼鏡を介さずとも視認できるほどだ。平時にはいわゆる「小三通」として対岸の中国大陸とのフェリー航路も存在し、住民には親戚が大陸にいる者や、普段から大陸に渡って商売を行っている者、大陸からの観光客を相手に生計を立てている者も多く、大陸との関係改善を重視する国民党「非本土派」の強固な地盤でもある。
島の脊梁をなす太武山。花崗岩の岩盤をくり抜いて造られた金門防衛指揮部の地下要塞は、湿った冷気と重油の匂いに満ちていた。かつて蒋介石が「毋忘在莒(莒にあるを忘るるなかれ=失われた故郷を奪還せよ)」の文字を刻んだこの岩山の中には毛細血管のように複雑な坑道が張り巡らされている。観光ルートとして整備されていた「八八坑道」や「民防坑道」の入り口は、分厚い鋼鉄の防爆扉によって再び閉ざされた。
「金門守備大隊、各中隊の対空擬装完了を確認。烈嶼からも入電、小金門、それに大膽と二膽、それぞれの海岸哨所も所定の配置を完了しました」
作戦参謀の報告を受け、金防部参謀長の陳銘賢少将が大型地図から顔を上げた。金防部指揮官の黄振華中将が腕を組み、険しい表情で地図を見下ろしている。
「砲指部、地下砲床の240ミリと8インチの即応弾薬はどうなっている」
「地支部との連携で、坑道内の弾薬庫へ規定数の搬入を終えています。ですが対岸からの電波妨害が激しく、台北との回線は途切れがちです」
坑道の奥深く、湿り気を帯びたコンクリートの床には、総統府の指示で運び込まれた4000機の徘徊型弾薬が木箱ごと整然と積み上げられている。さらに島南部の翟山坑道、海面と直結した地下水路では、両棲偵察営(水陸両用偵察中隊)の隊員たちが、暗闇の中で自爆型無人水上艇の推進器や燃料系を最終点検していた。
「エンジンの始動確認よし。いつでも出せる」
「潮の引き際を見落とすな。敵の揚陸艇が寄せてきたら、1隻も湾内に入れさせるなよ」
潮の干満に合わせて上下動を繰り返す無人艇の脇で、ウエットスーツ姿の兵士たちが低い囁き声で確認を取り合う。大規模部隊の上陸が可能な数か所の砂浜にはすでに数千個の対人・対車両地雷が埋設され、有刺鉄線が砂に突き刺さっていた。
金防部隷下の3000人の将兵は、通常の規定量を大幅に超えて3か月間は籠城戦が可能だという触れ込みの備蓄物資を心の支えとし、敵地から指呼の間にあるこの島を共産軍の攻撃から守り切った1949年の古寧頭戦役、1958年の823砲戦の歴史を胸に抱きながら、じっとその時を待っていた。
中華民国/台湾 連江県 馬祖列島
金門からさらに北へ、中華人民共和国福建省福州市の沖合に浮かぶ中華民国福建省連江県、馬祖列島。ここは金門以上に要塞そのものだった。
南竿島や北竿島の急峻な花崗岩の崖は冬の激しい荒波と海霧に削られ、人を寄せ付けない厳しさを見せている。
「鉄堡」と呼ばれる海に突き出した岩礁の陣地から、大陸側の沿岸監視レーダーの巨大なアンテナが肉眼で見える。馬祖の兵士たちが目にするのは、福州の港から出撃準備を整える中国海軍の灰色の艦影だ。
陸軍馬祖防衛指揮部の地下に広がる防空壕の迷宮も、金門と同様に息を吹き返していた。南竿の指揮部では、指揮官の張天祐中将が腕を背に回し、薄暗い通信室の無線機群を睨み据えていた。南竿守備大隊の歩兵中隊や装甲中隊、北竿島や高登島、亮島を預かる北高守備大隊、さらに南方の東莒島と西莒島に展開する莒光守備大隊、そして独立した東引地区指揮部。島ごとに分散配備された2000人強の将兵は、後勤支援大隊が運び込んだ武器弾薬や食料を岩盤の奥深くに運び入れ、出撃路を固めていた。
「……本島は、我々を見捨てたわけではない」
北竿島の地下陣地で、ある小隊長が銃身を拭う若い兵士の肩を叩いた。
「だが班長、沖を見てくださいよ。あんなに囲まれてちゃ、補給船どころかハエ1匹入ってこれませんよ」
兵士が指差す先の海上では、中国海軍の054A型フリゲートと海警局の巡視船、さらに海上民兵が乗り組む青い鋼船が帯のように連なり、水平線の向こう、基隆港への航路を遮断していた。
金門と馬祖、台湾海峡の北部からは、民間の定期便も商船も姿を消した。島々の守備隊数千人は外の世界から切り離され、刻一刻と迫る事態の推移を注視している。地下坑道の奥で兵士たちは暗視装置の作動を点検し、ドローンの制御コンソールを立ち上げ、陣地防御の手順を反復していた。
「南竿の指揮部との有線回線は生きているか」
「はい、有線は辛うじて通じています。ですが無線機はノイズだらけで使い物になりません」
本島が海と空から締め上げられる一方で、大陸の眼前にある離島はさらに厳しい孤立に直面していた。金門島、馬祖列島のほか、南シナ海の要衝である東沙諸島も海警局の船艇と漁船団によって包囲され、補給船が近寄る手立てはない。離島の上空では、中国軍の電子戦機が旋回を続けながら電波妨害を放射していた。暗い坑道の壁に背を預けた兵士たちは、遠い波鳴りの合間に混じる重低音に耳を澄ませていた。




