203Y年2月4日 バタネス州
フィリピン共和国 バタネス州 バタン島 バスコ市
バシー海峡からの湿った北風が、バタン島の東にそびえる標高約1000メートルの休火山、マウント・イラヤの山肌を吹き下りていた。
台湾南端の鵝鑾鼻から南へ約160キロメートル。ルソン島北端のアパリからも200キロメートル以上離れたルソン海峡の中央に位置するバタネス諸島は、十数の小島からなり、約2万人が住む、フィリピン最北にして最小の州だ。西の南シナ海と東の太平洋を結ぶバシー海峡、バリンタン海峡という国際航路の要衝を扼し、有事の際には中国海軍の艦艇や潜水艦が第1列島線を越える際の重要なチョークポイントとなっている。台湾との位置関係にせよ、中国軍の太平洋進出ルートを扼する点にせよ、日本の先島諸島とちょうど鏡写しのような土地だ。
だがこの離島群の防衛は先島諸島と比べても遥かに手薄だった。島に常駐するのは、フィリピン海軍の小規模な沿岸監視分遣隊、フィリピン沿岸警備隊バタネスステーションの要員、それにフィリピン国家警察バタネス州警察本部の警察官たち程度に過ぎない。しかし台湾に近いその地理的位置から近年は頻繁に、米比合同軍事演習「バリカタン」の実施地となり、有事には米国海兵隊が高機動ロケット砲や地対艦ミサイルを展開させる前線拠点として注目されていた。
午前2時30分。バタン島の中心集落、バスコ市。
石造りの堅牢な伝統家屋が並ぶ集落の南側に、バスコ空港の滑走路が延びている。全長1250メートル、幅30メートルのアスファルト滑走路1本と、平屋の旅客ターミナルがあるだけの小規模な地方空港だ。首都マニラからの双発プロペラ旅客機が日中に発着するだけの飛行場は、深夜の小雨の中で静まり返っていた。
その静寂を、洋上から低空で接近するジェットエンジンの重い吸気音が破った。
「おい、こんな時間にジェット機か……?」
管制塔の真下にある当直室で、フィリピン民間航空局の当直職員が窓の外へ目を向けた。
地上レーダーなどの夜間離着陸設備を持たないバスコ空港において、この時間帯の進入は通常あり得ない。しかもその音は、北西の海から一直線に高度を下げて近づいてくる。
雨雲の下を突進してきたのは、中国と関係の深いラオス人民民主共和国、ワットタイ国際空港を出発し、パプアニューギニア独立国、ポートモレスビー・ジャクソンズ国際空港へ向かうフライトプランを提出していた、ラオスのとある企業――だがラオス商工省に登記されたその住所は、ヴィエンチャンのとある郵便局の私書箱だけだった――がチャーターするボーイング737-800BCF貨物輸送機である。
しかしながら、コックピットに搭乗員の姿はなかった。
操縦輪を操作し推力レバーを前進させていたのは、中国の新興企業が開発し、機体の飛行管理システムに直結させていた無人航法モジュールだ。このシステムは、離陸と水平飛行は自律的に行えるものの、バスコ空港の強風に見舞われる短い滑走路へ安全に着陸するまでの性能はまだ備えていなかった。しかし、今回はそれで十分だった。衛星測位データと電波高度計の数値に基づき、指定された滑走路の中央座標へ機体をただ突入――「着陸」ではない――させれば良かったからだ。
「逃げろ!」
職員の叫び声とほぼ同時に737の主脚が滑走路のアスファルトを斜めに削り、続いて機首が猛烈な摩擦音を立てて接地した。
機体はそのまま滑走路上を数百度の火花を散らしながら滑走し、中央付近で左主翼が地面に引っかかって機体が横転、胴体が2つに断裂する。
その直後、閃光とともに激しい爆発が起きた。
貨物室に満載されていたのは、工業用溶剤として申告されていたシクロヘキサノンとアクリロニトリルを詰めた大量のドラム缶だった。衝撃で破裂した容器から劇物指定の有機化合物が漏出、高温の残存ジェット燃料と混ざり合って次々と引火する。
滑走路の舗装は爆発の熱と衝撃でめくれ上がり、幅15メートル、深さ2メートル近い穴が抉り取られた。吹き飛んだエンジンや主翼の残骸、鋭利なジュラルミンの破片が数百メートルの範囲に散らばり、路面を覆い尽くす。アクリロニトリルの燃焼による刺激臭を伴う黄褐色の有毒ガスが、北風に乗って空港敷地から集落の縁へと滞留し始めた。化学火災に対応する特殊な泡消火剤を持たない離島の消防力では接近すらままならず、滑走路は長期にわたり閉鎖を余儀なくされる状態となった。
異変は空港だけに留まらなかい。
警察と消防がサイレンを鳴らして空港へ向かう中、西へ約1キロメートル離れたバスコ港(ヴァランガン港)の係留水域で、くぐもった爆発音が響いた。
岸壁に係留されていた20トン級の木造大型漁船の船底が吹き飛び、船体が浸水して横倒しになった。船尾から重油を帯状に流出させながら、狭い港湾進入路の中央付近に沈没してゆく。
さらに同時刻、バスコから北へ約30キロメートル離れたイトバヤット島でも妨害行為が発生した。
断崖の上に位置するイトバヤット空港の800メートル滑走路の中央部にて、何者かが乗り捨てた10トンダンプトラックが炎上したのだ。荷台に積まれた廃タイヤと軽油が激しい黒煙を噴き上げ、路面のアスファルトを溶かして滑走路を塞いだ。
夜明け。
有毒な煙が漂うバスコ空港のフェンス際で、バタネス州警察本部のマルセロ警察大佐と、沿岸警備隊バタネスステーションの指揮官は、防毒マスクを装着したまま顔を曇らせていた。手元のタブレットには、現地メディアや州政府の広報アドレス宛てに届いた電子メールの文面が表示されている。
『我らフィリピン共産党・新人民軍バタネス州コマンド「ダニエル・ボリカルド戦線」は、昨夜実施したバタン諸島全域における同時軍事作戦の成功を宣言する。フィリピン人民は、アメリカ帝国主義軍による我が国の軍事拠点化と、バシー海峡の戦争要塞化を決して容認しない。我々はアメリカ軍の拠点となるバスコ空港およびイトバヤット空港の滑走路を破壊し、アメリカ艦艇の入港を拒否するため、バスコ港および周辺海域に機雷を敷設した。作戦は今後も継続される』
「新人民軍だと……? バタネスにNPAの活動拠点など過去に存在した記録はない」
沿岸警備隊の指揮官が眉をひそめた。
「機雷敷設も、彼らの装備水準から考えれば現実的ではないはずです」
「だが、真偽の確認には時間がかかる」
マルセロ警察大佐は焦げた残骸の向こうを見つめながら答えた。
「機雷の情報が出た以上、安全確認が済むまでPCGの巡視船も民間の定期船も港へは入れない。空港の滑走路はこの有様で、有毒物質の除去機材も補修用のアスファルトも本土から運ぶ手段がない」
バシー海峡を臨む最前線のインフラが夜間の破壊工作によって同時に遮断された。有事には台湾防衛のためにバタン諸島への展開するはずだった米海兵隊やフィリピン軍の移動計画は、初動の段階で大きな物理的制約を受けることになった。




