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【新改訂版】T-DAY:台湾戦争  作者: 中央国家安全委員会主席
第2章 封鎖 T-DAY プラス0〜1日

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12/31

203Y年2月3日 与那国島

沖縄県八重山郡与那国町 与那国空港

島の北部、与那国空港ターミナルビルの一角に置かれた、沖縄県警察本部警備部機動隊「臨時与那国派遣中隊」の現地指揮本部。建物を包囲する濃密な真っ暗闇の中で、非常用ディーゼル発電機の低く重い唸りだけが響いていた。


「……駄目です。車載系、署轄系、通信携帯系、PⅢ(高度警察情報通信基盤システム)は完全にデッド。衛星電話も同期しません。私物の携帯電話すら試しましたが、繋がりません」


通信担当の巡査部長が、耳障りなノイズを吐き出すだけの受話器をデスクに叩きつけた。

中隊長にして現地指揮本部長を任ずる大城警部は、青白いハンディライトの光に照らされた地図を穴が開くほど睨みつけていた。本来であれば、那覇の沖縄県警に設置された総合警備本部や、東京・霞が関の警察庁警備局ともリアルタイムで接続されているはずのPⅢ通信網が、音声・データ共に完全に沈黙している。


「中隊長、見てください! PⅢの車載端末……メール機能だけが一瞬、同期しました!」


大城はその端末をひったくるように受け取った。

警察専用のセキュアなネットワークを介して届いた、1行のテキストメール。そこには、先行して島内を遊撃警戒していた機動隊員からの緊急報告が刻まれていた。


【緊急】旧比川小学校跡地。黒い着衣の不審人物、少なくとも20名以上を確認。全員が自動小銃とみられる長物を保持。至急、増援を乞う。


「……比川か」


大城の背筋を冷たい悪寒が走り抜けた。彼は即座に決断を下した。


「全班、直ちに特型警備車およびパトカー(P C)に分乗! 比川へ向かう。相手は自動小銃を装備した武装集団だ。銃器対策部隊(ジュウタイ)を先頭に立て、機関けん銃の初弾装填を確認せよ。受傷事故防止に最大限留意。ただし正当防衛以外の発砲は、私の指示に従え!」


深夜の空港ゲートから、被疑者に察知されるのを防ぐため赤色回転灯もサイレンも封印した無灯火の車列が滑り出した。分厚い装甲を纏ったPV-2型特型警備車を先頭に数台のパトカーが続く。この異常事態下の与那国島の深夜、公道を走る一般車両など1台も存在しない。北北西の烈風が叩きつける横殴りの雨の中、車列は島の中央を縦断する県道を比川へと急いだ。

比川へと続く沖縄県道216号。両脇を険しい法面と鬱蒼とした亜熱帯の原生林に挟まれた、逃げ場のない「切り通し」に差し掛かった、その瞬間だった。


闇を切り裂き、鼓膜を蹂躙するような炸裂音が轟く。路肩の草むらに隠蔽されていた指向性対人地雷が火を噴いたのだ。前面に仕込まれたC4爆薬の爆轟エネルギーにより、約700個もの鋼球が扇状の殺傷圏へと射出される。その速度は時速数千キロ、音速を遥かに超える死の礫だ。


「……ッ!?」


先頭を走るPV-2型特型警備車の左側面を鋼鉄の嵐が襲う。数トンの重量を誇る装甲車体が凄まじい爆圧によって一瞬だけ宙に浮き、なす術もなく右側へと横転した。アスファルトを削る火花と金属音。

だが、真の地獄はその背後に続くパトカーを襲った。装甲を持たない一般のパトカーにとって、クレイモア地雷から放たれた鋼球は紙を穿つ針に等しい。先頭の警備車が盾になる間もなく、後続の2台は左側の法面から水平に放たれた死の散弾をまともに浴びた。

ベリリ――、という、薄い金属板が引き裂かれる不快な音が雨音に混じる。鋼球はドアパネルを易々と貫通し、車内の座席を、そして機動隊員たちの肉体を粉砕した。運転席の隊員はハンドルを握ったまま頭部を失い、助手席で機関けん銃を抱えていた隊員は胸部を十数発の鋼球に射抜かれ、声も上げられずに崩れ落ちた。


「伏撃《アンブッシュ》だ! 退避しろ、車から出ろッ!」


後方の車両から飛び出そうとした隊員たちの足元で、さらに2発目の地雷が炸裂した。今度は路面に埋設されていた圧座式だ。跳ね上げられたパトカーの底面から火柱が上がり、ガソリンタンクが誘爆。夜霧をオレンジ色の不吉な光が照らし出す。

そこへ、周囲の斜面から無数の火光が迸った。

銃口からサプレッサー越しに漏れる「プシュ、プシュ」という乾いた発射音が響くたび、横転した車両の陰で応戦しようとする機動隊員のヘルメットが弾け、防弾ベストの隙間を5.45mm小銃弾が抉る。


「……あ、が……っ」


大城警部の視界の中で、紺色の出動服に身を包んだ部下たちが、次々と肉塊に変えられていく。窓ガラスの破片が散乱するアスファルトの上には警察官たちの鮮血がどす黒い川となって流れ、雨水と混じり合って側溝へと吸い込まれていった。MP5の9ミリ弾を闇雲に撃ち返しても、厚いガジュマルの樹の影に潜む敵の姿を捉えることはできない。

後の歴史書では「台湾戦争」あるいは「台湾危機」と呼ばれることになるこの陰惨な衝突の最初の犠牲者は、台湾人でも中国人でもなく日本人、それも「軍人」ですらなく、「文民」である警察官だったのだ。

生存している者も多くが鋼球によって四肢を砕かれ、激痛に悶えながら、近づいてくる軍靴の音を聞き届けるしかなかった。


「……武器を捨てろ。抵抗は無意味だ」


流暢な日本語が闇に響く。生き残った隊員たちは仲間たちの遺体の傍らで銃口に囲まれ、1人、また1人と冷たいアスファルトに膝を突いていった。

大城たちが信じたあのメールは、中国人民解放軍のサイバー空間部隊が、あえて特定の帯域における電子妨害を一瞬だけ解除し、警察の通信プロトコルをスプーフィングして送り込んだ、死への招待状だったのだ。


陸上自衛隊与那国駐屯地

比川地区の惨劇から数キロ離れた久部良地区。日本最西端の守りの要である陸上自衛隊与那国駐屯地は大混乱の渦中にあった。窓の外、島の中央に位置する宇良部岳の山頂付近で上がった巨大な火柱とそれに続く地響きを、沿岸監視隊員たちはその目で目撃していた。


「……なぜ繋がらない!警察も、比川へ先行させた偵察隊員とも全く無線が通じん、どうなっている!」


駐屯地司令を兼任する沿岸監視隊長の小原1等陸佐が、もはやノイズを吐き出すだけの通信機を激昂して叩いた。

通常、駐屯地と警察、そして各部隊を繋いでいるはずの多重無線回線も、衛星通信網もすべてが機能不全に陥っている。駐屯地内の電灯だけは、非常用電源によって辛うじて灯っていた。

隊員たちの手元には、待ち望まれる「行動命令」が一切届いていなかった。通信が完全に遮断されたことで、那覇の第15師団司令部とも、熊本の西部方面総監部や市ヶ谷の防衛省あるいは統合作戦司令部とも、コンタクトを取る術が失われていたのだ。

明らかに目の前で異常事態が進行している。だが、内閣総理大臣による「防衛出動」あるいは「治安出動」の発令が確認できない以上、自衛隊法に規定された行動権限は「平時」の枠組みに縛られたままだった。たとえ沿岸監視隊が外国軍隊による侵略行為を確認したとしても、今の彼らに許されているのは、自衛隊法第95条に基づく「武器等防護」や、刑法上の「正当防衛・緊急避難」といった限定的な武器使用のみ。彼らはただ、防弾ベストを締め、89式小銃を抱えて駐屯地正門の警衛を固めることしかできなかった。


日本本土との「絆」を絶たれたこの島に、本当の「嵐」が上陸を開始しようとしていた。

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