第四話ー悪い虫は
「侯爵領では、私とお母様に飛び切り甘く、愛妻家として知られています」
私がさらに言うと、皇太子殿下は目を見開いたまま、王太子殿下を見ました。
王太子殿下は微かに首を振り、諦めたような表情をされます。
(王太子殿下も未だに信じないのだもの)
会う度に説明するのに。
「クリシス令嬢。首席で卒業なさるので、カシアンの変わりに挨拶をお願い致します」
王太子に誘導され、私は壇上に向かいました。
(騒ぎの当事者である私が祝賀を述べていいもの?)
にっこり微笑った皇太子と、心配そうなお父様に見送られ、その場を後にしました。
◇
「ふむ。謎なんだが侯爵。何故君の娘は第二王子と婚約をしていたんだ?」
いくら考えても疑問でしかない。エルヴィスは隣に立つクリシス侯爵に聞いた。
クリシス侯爵はしばらく黙っていたが、エルヴィスが質問を取り下げないので観念したように言った。
「私はジーナに愛する人と結ばれてほしいのです」
「うん?」
エルヴィスは首をかしげる。
「先ほど見たように、ジーナの魅力は留まることを知りません。他国の皇族である貴方も興味をお持ちになったように、王太子殿下もジーナに好意を示しております。幼い頃に王太子殿下に婚姻を強いられていたなら、ジーナには断る術はありませんでした。なのでそうなる前に第二王子と婚約を結んだのです。弟の婚約者であれば、言い寄る事は難しいですから。他の貴族からの縁談も絶つ事が出来ますしね」
「なるほど···カシアンとの縁談ならば、後でどうとでも出来ると言うことか?」
「ええ。良い隠れ蓑になってくれました」
瞳は冷えたまま、にやりと微笑う侯爵を見てエルヴィスの背筋は凍った。
(····なるほど。これは恐ろしい)
「もう一つ、そなたが虫も殺せぬ優しい男と言うのは本当か?」
聞いておかねば、これからのアプローチが難しい。
侯爵は顔の笑みを消し、冷たい金の瞳で見下ろした。
(文官でありながら、何故こうも威圧感があるのだ)
エルヴィスは皇太子だ。それも大陸で一番大きな帝国の。他の者から、ともすれば皇帝からもここまでの威圧を感じた事はない。
侯爵がゆっくり口を開く。
「ええ。私は妻と娘の前では、できる限り虫も殺さぬよう心がけております。しかし、国に仇なす者と、娘に言い寄る悪い虫は別でございます」
エルヴィスは引きつった顔のまま固まった。
「お父様!」
壇上から戻ったジーナが駆け寄ってくる。エルヴィスが感じていた威圧感は一気に消え去った。
(侯爵の表情は変わらないのに、不思議なものだな)
エルヴィスはジーナに同じ質問をした。
「ジーナ嬢、侯爵が虫も殺さぬ優しい男と言うのは、本当か?」
ジーナは微笑んだ。侯爵と似た紫の瞳が輝く。
「はい。本当です」
食い入るように見つめてしまって、我知らず微笑ってしまった。
「そうか。ならばジーナ嬢のいる所で侯爵とは話をしないといけないな」
◇◇
―――数カ月後、クリシス侯爵邸にニ通の求婚書が届くが、それはまた別のお話。




