第二話ー帝国の留学生
私の言葉に、周囲がざわめきました。カシアン殿下の後ろに立つ、ラッセル家の長男の顔が青ざめていきます。
カシアンは虚を突かれたように呻く。
「な、なに?おい、代われ!」
『代われ』と言われて出て来たのがアーサー・ミリアム伯爵令息。
(あら?ミリアム伯爵家と言えば······)
無骨で大きな体躯。騎士の家門。
確かミリアム伯爵自体は引退しているけれど、長男が新たに王室騎士団の団長になったはず。
ピシリと背筋を伸ばしてアーサー・ミリアムが口を開く。
「宰相閣下が軍の予算を縮小したおかげで、兵力が削られております!閣下は国防を軽視しておられるのか?それとももしや軍部に周る資金を着服しておられるのでは?」
「お父様は軍の予算を縮小されてはおりません。縮小したのは今まで軍の資金を横領していたミリアム家の俸給です」
彼の近くにミリアム伯爵がいないことから、これはアーサー・ミリアムが独自に動いた事かしら。大方、家での父と兄の会話を聞いて推測したという所かしら?実直な彼らしいけれど···。
アーサー・ミリアムはそれ以上何も言いませんでした。しばらくすると顔を赤くして、こちらに向かって頭を下げました。
(恥じる事が出来るだけ、彼は見所があるわね)
「ッ?他には誰かいないか!?」
カシアン殿下は周りを見渡しましたが、誰も前に出てくる者はいません。
(あら···たった二組だけでしたの?)
「おい?パーティー前にはあんなに居たじゃないか?誰でもいい!何かあるだろう!」
周りに喚くカシアン殿下を見て、私は心から思いました。
(婚約破棄は正解でしたわね)
「殿下?終わりでよろしいでしょうか」
「い、いや。待て。私が直々に告発してやる」
「殿下が?」
何を言い出すのでしょう。ここまで来ると好奇心が湧いてきます。
カシアン殿下は仁王立ちになり、人差し指をお父様に向けて叫ぶように言いました。
「私は見たぞ!クリシス宰相!貴様は兄上の側近に賄賂を渡していただろう!側近だけではなく、兄上の護衛騎士にもだ」
「賄賂···ですか」
私が絶句したような声を出すと、カシアン殿下は胸を張って更に言いました。
「そうだ!俸給の期日ではない日に、兄上の私室でこそこそと!」
「王太子殿下の側近と近衛騎士でしたら、先月のワイバーン討伐の報奨金では?最近まで殿下と共に隣国へ行かれていましたので、正式な受け渡しの日に不在だったのでしょう」
「な、なに?うぐ。それにしても宰相の貴族への独断の処罰が多すぎる!横暴だと私にも不満の声が届くほどに!」
(カシアン殿下に不満を言っても仕方ないでしょう。貴方に行くくらい、他の官僚貴族達からは見放された人達なんだわ)
「横暴ではありません。お父様は精査されて処罰しております。何をもって独断だと言うのですか」
いい加減早く終わらせたくなって来ました。
(この断罪劇、いえこの茶番の落としどころは何処かしら?)
陛下は卒業パーティーには出席されないと聞いている。
(たしか王太子殿下がもう少ししたら来られるはずよね。殿下に責任を取ってもらおうかしら)
私がいらいらと前に出ると、カシアンが叫ぶように言いました。
「何をもってだと?宰相のその顔だ!悪事を働いていないはずがない!」
カシアンの言葉は会場中に響き渡りました。王族特有のよく通る声質。私の中でプチリと何かが切れました。
「何を言い出すかと思えば····お父様のお顔?確かにお父様のお顔は恐ろしいかもしれません。魔王のようであり、地顔が鬼のような形相です。わたくしでも暗い場所でお会いしたら驚きます」
殿下が小さな声で「そこまで言ってない」と言いました。そんなことはどうでもいいのです。そういうことではありません。
(お父様はいつもお忙しい。家族の団欒を削ってまで、身を粉にして国に尽くしていると言うのに)
「殿下がアカデミーに通う一生徒ならば、それでも良いでしょう。顔を理由に恐れても許します。ですが貴方は王族。いずれ国政を担う立場にあるのです。それが、顔が怖いから断罪しようなどと···恥を知りなさい!」
危うく殿下の胸ぐらを掴むところでした。殿下はペタリと膝から崩れ落ちました。
震えながら私を見上げます。私も父に似ておりますから、怒った形相が恐ろしかったのかもしれません。
(だけど腰を抜かすほど?軟弱な!)
「ふ···ふふっ!はっはっ!いやスカッとしたなぁ」
(どなた?)
拍手をしながら近付いてくるのは、アカデミーにいた帝国からの留学生。
(確か···皆からエルと呼ばれていたような)
家紋も爵位も知らない。
アカデミーでは身分を問わず、どの生徒とも交流が取れます。故に自分から聞かない限り、ファーストネームで呼ばれる方の家門を知るすべがありません。
お父様が留学生に向かって頭を下げました。
(お父様が頭を下げる程高貴な方なの?)
留学生は私の手を取りキスをしました。帝国ではありふれた挨拶のようですが、もう王国でする人はあまりいません。不意な事だったので、慌ててしまいました。
「勇敢なるクリシス令嬢。お父上と共に帝国へ来ないか?君達は王国にはもったいない」
「えっ?」
薄い茶色の髪に、意思の強そうな琥珀色の瞳。
(お、お父様っ···)
お父様に助けを求める視線を向けましたが、お父様は困った表情をしています。
「お手を離してあげてください。皇太子殿下」
大股でこちらに向かいながら、叫ぶような声が響きました。額に汗を滲ませながら駆け付けて来たのは、カシアンと、同じ銀糸の髪を持つ、兄のアルフォンス・ドラグレア王太子殿下。
王太子殿下は肩で息をしながら、私と留学生の間に入り込みました。
(皇太子ですって?じゃあ···)




