第一話ー婚約破棄と父の悪行
「ジーナ・クリシス!そなたとの婚約は破棄させてもらう!宰相たるそなたの父、グレイアム・クリシスの悪政、もう見て見ぬ振りは出来ぬ!」
国立アカデミーの卒業パーティー。私の婚約者であるこの国の第二王子、カシアン・ドラグレア殿下は会場の真ん中で言い放ちました。意気揚々としたその声に、私の腸は煮えくり返りそうです。
(私のエスコートをボイコットしたと思ったら、何を言い出すの)
カシアン殿下の代わりに私をエスコートしてくれたのは父であるグレイアム・クリシス侯爵。この国の宰相であり、先ほど殿下が見て見ぬ振りが出来ない悪政をしていると言い放った相手です。
(お父様を皆の前で侮辱するなんて···!)
私の震える手を、お父様が優しく握り返してくださいました。
ちらりと私に視線を送り、殿下を鋭い視線で射抜きます。殿下が恐怖心からか一歩下がりました。見ただけですよ?
「お父様、ここはわたくしが聞きます」
「しかし、ジーナ。震えているじゃないか。私に任せなさい」
私を心配してくれているお父様に、私はにっこり微笑って首を振りました。
「いいえ。お父様。これは怒りで震えているのです。怖い訳ではありません。わたくしに言わせてください」
私がお願いすると、お父様は少し下がりました。お父様は私には甘く、たいていの事は聞いてくださるのです。
「カシアン殿下、どういうことでしょうか?このような公の場で、発言の責任は取っていただきます」
「どうもこうもない!言ったとおりだ。そなたとの婚約を破棄し、クリシス宰相の悪行をここで暴く!」
自信に溢れたカシアンの横にいるのは、先日お父様が国政会議で責め立てたアスラ伯爵家の次男。国庫の着服疑惑のあるラッセル子爵家の長男。
「――はぁ」
ため息も出ます。
盛大にため息をついたものですから、カシアン殿下の気に障ったようです。
「ジーナ・クリシス!何だその態度は!横柄に振る舞えるのも今日までだぞ」
全く。いつ私が横柄に振る舞ったと言うのです。貴方じゃあるまいし。
「お父様、殿下との婚約は破棄してしまっても構いませんね」
確認を取ろうとお父様の顔を見ると、こめかみに青筋が浮き上がっていました。娘の私でも少し恐ろしいです。
宰相でありながら、鍛え抜かれた大きな体躯。漆黒の髪に、顔に大きな火傷の跡があるので、顔の半分を覆う黒い仮面を付けているのです。更には吊り上がった鋭い紫暗の瞳。
――そう。恐らく一連の原因は、お父様のこの恐ろしい顔なのでしょう。
「カシアン殿下、婚約破棄は受け入れましょう。こうなってしまっては、とても貴方との婚約を続ける気になりません」
「な、何だと?違う!そなたが私を婚約破棄するのではない!私が、そなたとの婚約を破棄するのだ!そなたの家族が原因で!魔王の様な形相で私を睨んでいる、そなたの父!"貴族殺し"たる異名を持つ冷酷無比なクリシス宰相が!」
その異名を知っていながら、お父様に歯向かおうとするとは。
ここはアカデミー。子供の場です。お父様が出るまでもありません。チラリとお父様に視線を送ると、私を見返し軽く頷きました。それだけで充分です。
(私に任せてくださるのね)
私はお父様の娘。叡智のクリシスの一人娘です。伊達にアカデミーを首席で卒業する訳ではありません。――受けてたちましょう。
私は宣戦布告を受ける合図として、カーテシーを取りました。殿下に伝わったかは分かりませんが。
「それでは殿下、皆の前で暴いていただきましょう。わたくしの父の、悪行とやらを」
私の堂々たる振る舞いに、カシアン殿下は少し狼狽えましたが、腐っても第二王子。すぐにふんぞり返りました。
「はっ!えらそうに!今読み上げてやる!おい!」
『おい』と呼ばれて、書類を持って前に出たのがアスラ伯爵家次男、コンラッド・アスラ。
後ろにアスラ伯爵の姿が見えます。
(まさか、国政会議では発言権がなくなったから、息子を利用して?この場でなら断罪出来るとでも思っているの?)
流石に呆れます。
お父様が後ろに控えているクリシス家の侍従に視線を送りました。侍従が一礼して下がったのを見ると、カシアン殿下に呼ばれて出て来た令息達の家門の確認に行ったのでしょう。
コンラッド・アスラが書類を見ながら口を開きました。
「最近の宮廷の決定は、あまりに宰相閣下の独断が過ぎると聞きます。王命を盾に好き勝手に政治を動かしているのでは?」
(そのくらい紙を見ずに言いなさいよ)
「具体的にはどの件です?」
「これです。閣下がラッセル子爵領へ送った命令書。
王命と言われたようですが、これには陛下の署名も、印章もない」
(ラッセル子爵領?これはここで言っていいのかしら?)
ちらりとお父様を確認すると、頷くので良いのでしょう。ラッセル子爵家はとばっちりだわ。まさか仲間だと思っていたアスラ伯爵家にこの件を持ち出されるとはね。
「王の名を騙り命令を出すなど……これは国家反逆に等しいのでは?」
(お、大げさね)
「待ってください。ラッセル子爵領の件は、王家への納税をごまかしていたからでしょう?数年に渡り帳簿が合わなかったと聞いています。お父様の慈悲で陛下に伝える前に送った書状だと言うのに、そのような言い方をされては心外です」




