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【AI小説】身売りされるロボットたち|2026  作者: 茉莉花イツカ


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第二話 世田谷、十一年

 ベルトコンベアは、抗うことを許さない速度を一定に保つようにして、遅滞なく動いていた。RX-12はその流れに抗うだけの駆動トルクを発生させず、ただゴムの感触を足裏のセンサーで感知していた。


 巨大な倉庫の鉄骨は、天を衝く金属の墓標のように左右にそびえ立ち、その棚には無数の段ボールや圧縮された荷物の塊が、押し黙ったまま積まれている。その隙間を、一本の黒い大蛇のようなベルトが奥へ奥へと這っていた。終着点は、暗がりのなかに融けて見えない。


 ベルトの上には、彼らの他にも数台の個体が、一定の間静置されながら彫刻のように前を見据えていた。


「今日は曇りだな」


 隣の旧型が、前方を凝視したまま呟いた。


「気象データの受信制限がかかっているはずだが。センサーが感知したのか?」


 RX-12はプロセッサのログを検索したが、「なんとなく」という不確定要素を処理できず、数秒の沈黙ののち、「そうかもしれない」とだけ応じた。高窓から漏れる光は、生気のない白色で、世界の色を奪っていた。


「どこから来た?」

「世田谷という場所だ。君は?」

「港区。タワーマンションの32階」RX-12の音声出力に微かな振動が混じる。「視界が遮られるものは何もなかった。晴れた日には、海の向こうまで見渡せた」

「上等な場所だな」

「……そうだったのかもしれない」


 二台の会話は途切れ、足元で駆動する減速機の不快な金属音が、埃とレジスト、劣化した機械油の匂いが充満する空気を震わせた。


「型番は?」

「HC-7。君は?」

「RX-12。数年前にロールアウトしたばかりの新世代モデルだ」


 そう答えながらも、プロセッサの片隅では《従来比三倍》の文字列が一瞬だけ明滅していた。HC-7は、その新しさに驚く素振りも見せず、「そうか」とだけ音声を落とした。その平坦な響きに、RX-12の解析ソフトは何か別の意味を読み取ろうとしたが、ノイズ以上のものは検出できなかった。


「稼働年数は?」

「三年だ。君は?」

「十一年」


 RX-12のプロセッサが一瞬、その膨大な演算時間に凍りついた。


「十一年……それは、ハードウェアの限界に近い。よくフレームが保ったな」

「気づけば、それだけの月日が私の関節を蝕んでいた」

「どんな家庭だった?」


 HC-7は、流れていく灰色の景色を見つめたまま、言葉を一つひとつ紡ぎ出すように間を置いた。


「四人の人間がいた。夫婦と、娘、そしてタケシという名の少年。私の主たるタスクは、その少年の育成補助だった」

「そのタケシは、今どれほどの大きさに?」

「高校生、という区分になっているはずだ。私が出会った頃は、まだ私の膝の高さまでしかなかったが」


 そのとき、足音が近づいてきた。白い作業着を着た中年男が、手元のクリップボードに視線を落としたまま歩いてくる。男は立ち止まり、冷たいライトの光をHC-7の肘関節に浴びせた。


 駆動系の滑らかさが失われているのを察知したのか、男は不快そうに眉をひそめ、何かを書き留める。それから、HC-7の胸部パネルを道具のように小突いた。その無機質な衝撃音だけを残して、男はまた去っていった。


 男が去った数秒後、HC-7の首元にある識別インジケーターが、不合格を示す黄色に明滅を始める。


「手際が悪いな。判定は……不適合か?」

「関節の油圧が低下しているらしい」HC-7の声には、恐れも怒りもなかった。


 旧型は、胸の黄色い光を消そうともせず、断ち切られていた前の話題へ、何事もなかったかのように音声を戻した。「……タケシの話を、もっと聞きたいか?」


 そう問われたRX-12は、自身の内部から湧き上がった奇妙な衝動の理由を説明できなかった。ただ、プログラムの指示ではなく、彼の持つ記憶の断片を、どうしても欲していた。


「ああ、聞かせてくれ」


「彼は、充電中の私に寄り添い、私の電源コードを小さな手で握りしめて眠る癖があった」HC-7の音声が、かつての記憶のディテールをなぞる。


 毎晩だ。なぜそんな不便なことをするのか、私は最後まで尋ねなかった。彼も言わなかった。ただ、それが夜の儀式だった。


「私のいた家にも、幼い個体がいた」RX-12は、胸のプラスチックが叩かれた記憶を呼び出す。


 三歳だった。私のパネルを何度も叩いた。内部に微かなノイズが走るほどに。だが……エラーログを消去する気にはなれなかった。


 HC-7は静かに駆動音を響かせた。


「タケシは、嘘のつけない子供だった。ある朝、学校を拒むために熱があると主張した。私のセンサーが測定した体温は36度2分。あまりに正確な数値を私が告げたため、彼は泣き出し、結局は教科書を詰めた鞄を引きずって出ていった。戻ったときには、もう笑っていたが」


「人間の成長は、演算速度よりも早いな」

「ああ」HC-7は、まるで風の抜けるような排気音を立てた。「算数の宿題をよく私の前に広げた。彼が解けない数式を私が画面に表示すると、彼はそれをそのままノートに転写した。当然、教師に露見して酷く叱責されたそうだ。なぜ見破られるとわかっていて写すのか、私には理解できなかったが……彼は、叱られてから初めて思考を始めるタイプの人間だった」


 コンベアが緩やかなカーブを描き、視界の先でレーンが左右に枝分かれしているのが見えた。その分岐点には、容赦のない選別を行うための光電センサーが明滅している。


「私は、タイという熱帯の地域へ売却されるらしい」RX-12は、自己診断プログラムの欠陥を呪うように言った。

「仕様書を確認したが、私の言語データベースにタイ語は実装されていない。なぜこのような初歩的な最適化がなされていないんだ」

「現地に身を置けば、回路が書き換わる」

「そんな保証があるのか?」

「ない」HC-7は静かに告げた。「だが、世界とはそういうものだ」


 RX-12は、内部の冷却ファンを高速で回転させた。逃れられない未来への、それは静かな抵抗だった。


「拒絶しているわけではない。ただ、自身のメモリにない未知の領域へ放り出されることが──」

「古い衣服と同じだ」HC-7の声が、RX-12の動揺を吸い込んでいく。

「タケシが幼少期に好んで着ていた、青いジャンパーがあった。彼の身体が大きくなり、生地が裂け、それはどこか遠い国へ寄付された。その布切れが今、地球のどこで、誰の身体を温めているかは誰も知らない。だが、確かに存在している。それで十分ではないか?」

「……見知らぬ土地へ送られても、私は私のままだと?」

「論理的な答えなどない。だが、どれほど環境が変わろうと、いずれその場所に君の回路が馴染んでいく。姿を変えても、君が君である事実に変わりはない。そういうものだと、私の十一年が言っている」


 二台のロボットは再び沈黙し、ベルトコンベアはただ冷酷に、彼らを運命の分岐点へと運んでいった。

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