許嫁
それから俺は故郷を語る。
ミマツの国のどの辺にあるのか。近くには仲の悪い村があって、その間を川が流れていること。ヨシマ村の側には大きな沼があって、そこから大きな鯰が獲れたりすること。村の仲間たちのこと。家族のこと。
ナシのことを言ったら、彼女は一番興味を示した。
「ねえねえ、その娘ってあんたの彼女?」
「お、おう。幼馴染で、付き合い始めたのはここ最近だけどな」
「へええ」
彼女はにやにやしながら訊いてくる。
女と言うのは、男が既に彼女持ちだということを知ったら、普通は離れていくか、機嫌が悪くなるものではないだろうか?
そのことを訊いてみたらとんでもない答えが返ってきた。
「あ、そういうの慣れてるから」
「慣れてるって」
「くそ親父の奥さん、何人いると思ってるの?」
そういえば、王も言ってたっけ。
「さあ、三人くらい?」
「五人よ、五人! あたしは三番目のお母さん、くそ親父の四女として生まれたの」
そんなにいるのか。政権安定と勢力拡大のためとは言え、凄い数だな。
そういえば、ナガル王子が五男とか言ってたから、王の子は少なくとも九人以上はいるわけか。
大所帯だな。……いや、この時代では普通か。
そんなことを考えながら彼女と話していると、俺たちに声をかけてくる者が出てくる。
「姫様、そのような所で何を……!?」
多分、彼女を探しに来たのだろう、人混みの中から鎧を着た兵が何人か出てきて、その先頭にいた青年が俺を睨みつける。
ああ、彼女は王の娘だから、姫と呼ばれるのは当たり前か。
「貴様、何奴、姫様から離れろ!」
「ん、これ以上は面倒ごとになるな。これで失礼するよ……?」
青年がそう言うので離れることにした。
だが、俺の袖を彼女がしっかと掴んで離さない。
「あたしを置いていく気?」
「いや、また会えるでしょ」
「……会いに来てくれるんだ」
「いや、そういう意味で言ったわけじゃ……」
彼女が薄く笑うが、俺は否定しようとする。
友達としてなら良いが、男女の関係として会うのは考えていない。
「この下郎め、姫様から手を離せ!」
「見て分からんか、俺は何もしてない」
目の座った彼女にげんなりしながら答え、言いがかりをつける青年に俺は両手をぶらぶらさせて見せる。
大声で怒鳴る青年に、道行く人が何だ何だと足を止め、野次馬となる。
「問答無用、剣の錆にしてくれる!」
「モミ、さすがに不味い、ちょっと離れてて」
「あ、うん」
「貴様、姫様の名を軽々しく呼ぶな!」
青年の気持ちは分からないでもない。ぽっと出の田舎の薄汚れた子供が綺麗な服を着た姫という立ち位置の少女と並んで話していれば無礼にあたるだろう。
だからと言って、すぐに怒鳴り散らして剣を抜くのはどうかと思う。
青年は剣を振り上げながら無造作に歩み寄ると、無言で剣を加減せず振り下ろした。
野次馬から悲鳴が上がる。
俺は振り下ろされた剣を最小限の動きでかわしながら、青年の懐に潜り込み、彼が剣を持つ手を掴むと、手を引っ張りながら彼の態勢を崩して投げた。
青年は縦に一回転すると背中から地面に叩きつけられた。
「がはっ?」
うめき声を上げる彼をうつ伏せにしてから、安全のために剣を取り上げる。ちらりと青年と一緒にいた兵を見るが、助けに入る様子はなく、観察している節がある。
目を剣に戻して状態を見る。
……うん、手入れが行き届いていない。所々刃毀れしているし、剣が少し曲がっている。これはどこかで人を斬ってきたな。それも何人も。
思い当たるのは、都の北で起きた反乱勢力の鎮圧に当たっていた王の軍だが、そこにいたのだろうか。
それにしては、服が妙に小綺麗で血がついていない。着替えたのか。……いや、鎧に血の跡が僅かに残ってるな。手入れを怠ったのだろう。
「お前は都の北にいた反乱勢を鎮圧していた者か?」
「ぐぐ、……貴様、何故、それを?」
彼は叩きつけられた衝撃で呼吸を乱しながら、俺の質問に答えた。
「やっぱりな。かまをかけただけだよ」
「な!? くそっ」
彼はどうにかして立ち上がろうと藻掻くが、俺が腕と体を固定しているため、起き上がれない。
「慌てるな、僕も王の命令で兵役に就いている。お前と同業だよ」
「だからと言って姫様に近付くな!」
乱れていた呼吸が戻ってきたようだ。彼の話し方が流暢になる。
「訂正しろ、近付いてきたのは、その姫様からだ」
「……は?」
藻掻いていた彼の動きが止まり、モミを見上げた。
「本当よ。ついでに言うと……」
彼女が何を言おうとしているのか確信した。
ちょ、こんな大勢の人前で言うつもりか。
「おい、止せ、止めろ」
「この子、カゼの許嫁になったわ」
彼女が言い放った瞬間、時が止まった。そんな表現が合うくらいに俺も兵も野次馬まで沈黙している。あ、いや、していない者もいるな。
幼児が母親に向かって許嫁とは何かと訊いている。
「は、え?」
「そういうことで、よろしく」
呆然と彼女の顔と俺を交互に見る彼に、彼女は容赦なく言ってのけた。
「ひ、姫様、何故です、許嫁!? この私とも在ろう者がいるのに!」
何だ、付き合ってる人いたんじゃないか? 丁度良い、こいつとくっつけてしまおう。
「あー、姫様、この人と恋仲なんですか?」
「モミって呼んで。それとこいつとはそんな仲じゃない。幼馴染ではあるけど」
駄目か。
彼女の返答は酷く冷たかった。力が完全に抜けた彼を拘束する理由が無くなったので、腕を解くと彼はくたりと頽れた。
「さ、カゼ、行くわよ」
「はあ、どこに?」
「市場を冷やかしに」
「いや、それは店の人に悪いから、買った方が」
「あたしの場合、皆が良い物を揃えてくれるから買う気が起きないの」
「……質悪いな、おい」
「色々な品物を見るだけでも楽しいものよ? ……何してるの、ついて来なさい」
「はいはい」
特にやる事も無いので彼女についていくことにした。




