第6話 女王
テルアビブの地下深くに存在するモサドの諜報機関の一つ、ハイブ(巣箱)のさらに奥深くの一室。巨大な画面が室内の三面全てを覆い、世界中の地図と共に幾千もの情報が所狭しと表示されている。中央に近未来的な構造の車椅子に座った、一人の少女が鎮座していた。彼女のコードネームは「女王蜂」。情報という名の「蜜」を操作し、下僕を操作する役割を管轄していた。
彼女は生まれつき知能指数が高く、美貌も備え身体能力も高かった。裕福な家庭に育ち明瞭な物言いと聡明な思考を持った彼女に、誰もが羨み将来を有望視していた。パレスチナのテロリストの一発のロケット弾が、生命以外の全てを奪った。家族も、自分で動く能力も、呼吸する事さえも失った。わずか13歳で少女は、生命維持装置無しでは数分もたずに死ぬ運命を背負わされたのだ。
優秀な科学者たちが彼女を憐れみ、彼女の「意識」を電脳空間に移転させる技術を開発し、試験的に大学にある書物庫のデーター管理を任せてみた。なんと彼女は、全ての書物を数日のうちに電子化してコンピュータ内にまとめ、誰もが端末で見れるようにシステムも整えてしまったのである。それにモサドの技術者が目を付けた。その情報管理能力を、諜報活動に生かそうと考えのである。
数多くの手術や改造を繰り返し、少女はハイブ(巣箱)のスーパーコンピューターの一部となった。人権無視だと騒がれてもおかしくない話だが、彼女は微塵もそんな考えを持たなかった。どうせマトモには動けないのだから、車椅子に縛り付けられても同じ事だった。むしろ、電脳空間に解き放ってくれたことには感謝すらしていた。電脳空間内では、彼女は自由の身になれたからだ。
彼女の存在は、モサドの諜報レベルを世界のはるか上の存在にまで引き上げた。ハッキングによる情報漏洩は、今や世界の誰もが頭を悩ませる問題だが、イスラエルではその懸念は必要なかった。彼女が目覚めている間は電脳空間の「乱れ」を身体的に感知し、異常を阻めるからである。彼女はゲーム感覚で情報を統括し、山野を駆けるように電脳空間を操作できた。
彼女の「理念」はただ一つ。イスラエルが主体となり、ユダヤ人が中心となって動かす世界の統率である。ユダヤ人の理想とする「聖都」に君臨し、経済を牛耳りコントロールする事で世界全体を平和に導く。彼女は自分の能力で「それ」ができると信じていた。死んでいった自分の家族も、ユダヤ人が誰からも迫害される事のない世界を望んでいただろうと考えた。
その為には、どんな小さな異変であろうと見逃してはならず、素早く対処しなければならないと彼女は気を使っていた。アラブ人の異常な行動に、一早く気づいたのも彼女である。彼女はアラブ人の計画が何かを調べる為に、各地の「王蜂」に指令を送った。アラブ人の出生地にも諜報員を差し向けた。だが、彼女の思考さえも超える異常な事態に陥ることになろうとは、彼女自身思いもしなかった。




