第二話 足跡
イスラエル第二の都市、テルアビブ。イスラエルは首都を「エルサレム」だと主張しているが、世界全体では認められていない。エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教において「聖地」と定められている地域である。その為に十字軍遠征などの数々の愚劣な争いが繰り広げられ、今現在でも「聖地」をめぐって血と涙が流されている。神の威光たるや、なんと神々しいことか。
その年の地下深くの存在するイスラエル諜報特務庁、俗称で「モサド」と呼ばれている組織の建造物の一室。そこはハイブ(巣箱)と名付けられていた。ミツバチの巣の中が規律正しく正六角形で区切られているように、その室内もスーパーコンピュターが一つ一つ精密に配備され、その周りを幼虫の世話をするミツバチのように人々が無駄な言葉を交わさずに動き回っている。扱っているのは「情報」という名の蜜であった。
インダス川の上流を彷徨っているアラブ人の道すじは、彼らに行き先まで探られていた。なぜイスラエルの諜報部が、一人の旅人の旅行先まで探っているのか?ある事件が起きるまではアラブのテロリストの組織員をリストにあげ、それらを調査するくらいでテロ事件を抑えられると誰もが考えていた。2001年に起きたアメリカ同時多発テロ事件が、その認識が甘すぎた事を驚愕と共に痛感せしめたのだ。
組織による計画的な破壊工作ではなく、ごく少数の人員の短時間での「カミカゼ」特攻で、3000人近くの人間が犠牲になり100億ドル以上の物的被害が生じた。それだけではなく、航空機の一機がアメリカの国防総省であるペンタゴンに突っ込んだのだ。この事件以降、調査の対象はアラブ人だけでなくイスラム教信仰国すべて、知識階級の上のレベルの人間まで調査する事になったのである。
そのアラブ人はアラブの周辺国を回ってからイギリス、フランスなどのEU加盟国を巡り歩き、北ヨーロッパやロシアを通ってインドに達している。それだけなら、ただの世界一周を夢見た金持ちのアラブ人と断定できる。そのアラブ人の旅程が奇妙すぎるのだ。どの国にも二日として滞在していない。普通の旅行者なら、有名な料理屋や博物館や遺跡巡りなどでゆっくりと過ごすものである。
世界一周なら一年単位で各国を巡るのが、世界の常識だ。日本人のように二週間でヨーロッパ各国を旅行するなんて、先進国の人間から言わせれば馬鹿なのだ。たった二週間で何を満喫できるというのか?文字通り「巡った」だけだろう。それと同じくらいアラブ人の行動は異常だった。何かを目的を果たしたら。足早に去っていく。何が目的なのかは分からない。それがまた不気味さを醸し出していた。
男の次の旅先はタイランドだった。上層部から指令が二つ下された。一つはタイをはじめ現地の諜報部の人間に、男の行動調査を命じていた。もう一つは「ホーネット」と呼ばれる諜報員への指令。アメリカに向かう予定の彼の命令の一つに、CIAと協力して男の調査をすると同時に、その行動の危険度によっては「排除」すべしという指令が加えられた。




