6.それはスチルの1シーン
あまりのスピードに、風が舞ってシェリルの薄紫の髪を揺らすほどだ。
横を通り過ぎた女子生徒は緩く波打つピンクの髪を肩くらいに揃えた、華奢な体つきの生徒だった。
一瞬しか顔は見えなかったが、目がぱっちりしていて可愛い印象を受けた。
(……今の子、なんか見たことがある?)
そう考えながら、女子生徒の姿を目で追っていると、その女子生徒が石に躓き、小さな叫びをあげた。
「あっ!」
倒れそうになる女子生徒を抱き留めたのはベルスアークだった。
ベルスアークの腕に抱かれた女子生徒は、胸に顔を埋めるような形になっていた。
そしてゆっくりと顔を上げて驚愕に目を見開いて叫んだ。
「べ、ベルスアーク様!」
だが、叫びたいのはシェリルも同じだった。
何故ならばその女子生徒はこのゲーム「レーブ・サン・ファン」のヒロインであるディエラ・キゴールだったからだ。
羞恥からかディエラは顔を真っ赤にして慌てたように声を上げた。
「も、申し訳ありません」
「いや、問題ない。怪我はしてないか?」
「は、はい! ……っ!」
ディエラは頬を赤く染めながら答えると、慌てて立ち上がろうとした。
だが、痛みに顔を顰めてその場にしゃがみ込んでしまった。
「どこか痛むのか?」
ベルスアークはディエラの傍に腰を落とすと、形のよいアーモンド形の目を細めて、ディエラの顔を覗き込んだ。
「その……足首が」
ディエラはガーネット色のつぶらな瞳でベルスアークを見上げ、戸惑いの表情を浮かべた。
「捻ってしまったのかもしれないな。ここから救護室は遠いが、歩けるか?」
「っ……、だい……大丈夫です。我慢すれば歩けますし、早く帰らなくちゃいけない用事があるので、もう行かなくてはならなくて」
「まさか、歩いて帰るのか?」
「はい、私には迎えに来てくれる人はいませんので……」
ディエラは子爵令嬢だ。
高位の貴族は馬車での送り迎えがあるのが普通だが、下位貴族の中には徒歩で通学する生徒も多い。
それを聞いたベルスアークは眉根を寄せ、何か思案している様子だ。
そして思い立ったように立ち上がると、ディエラに手を差し伸べた。
「立てるか?」
ディエラは恐る恐るベルスアークの手を取って立ち上がると、おずおずと礼を言った。
「あ、ありがとうございます」
そしてディエラは上目遣いで見上げて、恥ずかしそうに微笑む。
その様子は、まるで二人が見つめ合っているかのように見え、シェリルには二人の背景に少女漫画のようなキラキラと光るエフェクトが見えた気がした。
(こ、これは……ベルスアークとヒロインのディエラとの出会いイベントだわ! テストプレイで散々見たスチルシーンだわ!)
スチルの上に、キラキラのエフェクトをかけるプログラムがなかなか上手く作れなくて、先輩社員と頭を悩ませながらプログラムを組んだのは懐かしい思い出だ。
当時の苦労を思い出してじーんとしていたシェリルだったが、視線を感じてふとそちらを見ると、そこにはシェリルを睨むように見据えているベルスアークの姿があった。
隠れることもできず、シェリルはばっちりとその視線を受ける形になっている。
「えっと……」
(この場合、普通に「こんにちは」でいいのかしら? でもずっと見ていたのもバレているわよね。ということは「怪我は大丈夫ですか?」なのかしら?)
盗み見したような、そして避けようとしていたことがバレているようで、変な罪悪感を覚えたシェリルは混乱して言葉を詰まらせてしまった。
ベルスアークはそんなシェリルを一瞥すると、再びディエラに顔を向けた。
「屋敷まで送ろう」
「そ、そんな! 恐れ多いです」
「学園では同じ生徒だ。気にするな」
「あ、ありがとうございます。では、よろしくお願いいたします」
うっすらと頬を染めたディエラはベルスアークを見て微笑む。
その様子を見ていたシェリルは、脳内で好感度が変わるか否かを検討していた。
(これってベルスアークとの出会いイベントになるのかしら? でも、まったく会話はしていないし、好感度が変わる要素はないわよね。ということは、このまま二人が立ち去ってくれれば、問題ない……ってことでOK?)
考え込んで黙っているシェリルを見たベルスアークは何か違うことを感じたようだ。
シェリルを睨みながら鋭い口調で言い放つ。
「何か文句でもあるのか?」
「文句、ですか?」
(なぜ文句? というか何に対する文句?)
ベルスアークの言葉の意味が分からず、シェリルが首を傾げていると、ベルスアークは眉間に皺を寄せて続けた。
「どうせ、王太子の立場を自覚しろとか、一般生徒と慣れ合うなとか言いたいのだろうが、私が何をしようと勝手だろう。お前の指図は受けない。学校でも話しかけないでくれ」
「はい、分かりました!」
別にベルスアークが誰と何をしようと興味はないし、何なら関わりたくもない。
だから話しかけるなと言われるのは、シェリルにとって願ったり叶ったりだ。
シェリルは某居酒屋のごとく「はい、よろこんで!」と言いたいのを我慢して、辛うじてそう答えたのだが、嬉しさで思わず顔を緩ませてしまったのは許して欲しい。
だが、そんな返答を予想していなかったのか、ベルスアークは何とも言えない表情を浮かべると、シェリルに背を向けて、去っていった。
ベルスアークとディエラを乗せた馬車を見送ったシェリルは、その場で小さくガッツポーズをした。
(これでベルスアークとは関わらないで済む!)
なんせ相手から話しかけるなと言われたのだ。
大手を振って関わらないでいられる。
あとはこのことによって、フローチャートが変化したかどうかを確認する必要はあるが、とりあえずはベルスアークの好感度が今後変わることはないだろう。
つまり、ノーマルエンドに一歩近づいたと言える。
シェリルは満面の笑みを浮かべると、足取り軽く帰路に就いた。




