第Ⅱ章:―目覚め―
頭がズキズキと痛む。その上この痛みの所為で胃から吐き気が伴って来る。
何故かは知らないが背中や腰、尻が非道く痛い。どうやら学校からココまで引きずられた挙げ句に暴力を振るまれたようだ。
……ココまで……? ココって何処なんだ? 頭の中で疑問が浮かぶ。その一方で頭上で声がする。
……―――死んだんじゃねぇーの?
……―――でもまだ息はあるぜ?
……―――これかけてみたら……?
……―――そうだね……―――
〝これ″って何だ? スーっと、眼を開けてみようとする前に、オレの身体に大量の冷たい何か降り掛った。
「ゴホゴホ」
その冷たさに脳で考えるよりも先に身体が反射的に驚きそのまま飛び起きた。が、その勢いは全身の痛みが邪魔してすぐに失われ、身体を縛るロープの所為で動くことが出来ず、背は元の位置に戻された。そしてオレは背後には巨大な岩があることに気付いた。
ヒリヒリする背中の痛みと後頭部の痛みを拳を握って堪え、またオレはふと足を見ると頑丈に縛られていた。
そしてその流れですぐ前を見るとへらへら笑っている三人組の少年たちがいる。
そして―――
「あぁーよかった。殺さなくて。危うく殺人犯になるところだったぜ」
「人狼を殺しに犯罪なんてねぇーんじゃないか」
「でも、だめでしょ」
寒さで震えながら咳き込むオレの眼の前で三人の少年は更に笑った。
紛れもなく、さっきオレを気絶させた奴等だ。
そして今、水をかけたのもコイツらだ。
オレは改めて自分の置かれた状況を見回した。辺りには針葉樹が並んでいた。そして訪れたばかりであろう夜空に煌く鏤められた海の砂の様に海の砂のように星が瞬いていて広がっている。
視線をズラすと教会が見えた。そうか、オレは今、教会の外に居るのかと初めて気付いた。又、
「クソッ。随分なことしてくれてんじゃねぇかお前ら」
オレは凄んで言った。だが、水濡れで無様な今の姿では、更に逆効果だった。三人はオレに指さして大声で笑った。
「な~に言ってんだ、お・お・か・み・さ・ん。ずぶ濡れ吠えられても怖くなんか無いんだワン!」
「一匹で何を喚いているのかな~?」
「わんわん。自分の立場に気付けよ、ワンッ」
「ぐっ! ……」
胸の辺りに正面から衝撃が走った。蹴られた衝撃で息が詰まる。こいつら完全にオレを舐め切っている。自分達がしている事が「正義」で「正当」だと主張しているかの様に。
こいつら絶対バカだ。
オレは喘ぎながら言い返した。
「こんな夜遅くまで非番だな……。こんな処まで連れてオレに何の用だ!?」
長身でオレを蹴ったそいつが「ちっちっちっ」と人差し指を振って、待ってましたと言わんばかりに話した。
「頭悪りィな狼さん。さっきも言ったろ狼さん。学校に居た時にね。俺らはお前を『本物の狼』にしてやろうと協力してやってんだよ。気付かない? 狼さん」
……何言ってんだ、こいつ。
「なあ、狼さんよ、この街の言い伝えである人狼とその狼が埋葬された『狼獣の碑』って知ってるか?」
今、オレは足が不自由な上に非道い怪我の所為で逃げる事が出来ない。何も出来ない。全身が疲弊している。もう、どうでもよくなって来る。反発する気も失せ、渋々と応えた。「〝碑〟……ね。狼人とその狼が祀られた石碑だろ? それがどうした?」
「狼の癖に物知りだな」
「珍獣だ」
誰が珍獣だ。それに、さっきから狼、狼と鬱陶しい。
「ともかくだ。在るんだよ。ここにもな」
「……えっ……!?」
石碑は一つしかないはずだ。伝説では『可哀想に想った人間達がちゃんと天国に召されるよう手厚く一人と一匹を葬った』と。それが昼にオレがいた噴水広場の目の付き易い処に置かれているハズだ。
それを……何を言おうと……?
「おお、流石にこれは知らなかったか狼さんよ。知りたきゃ教えてやるよ、狼さんよ」
「……さっきから狼さん狼さんばっかうっせー!! オレは人間だっつうの!!」
「おっと。そうだった、すまないな、半獣。失敬失敬」
結局獣扱いか。
「ケッ」苛立ってオレは長身のティール・ロイドに向き直った。
「ああ~もう、碑やら狼やら何だよ。用が無いんなら早く帰れよ!」
「人の話は最後まで聞けよ? その碑はさ~て、何処にあると思う? 半獣ちゃんは気付かないかな? ん?」
「ヒントは共通点。『岩』がヒント―――」
「噂には疎い半獣ちゃんには判らないんじゃねぇーの?」
オレは彼等の話に興味が無い。しかし、こいつらの意味あり気な一つ一つの言葉には何か引っ掛かる。二つ。石碑。岩。……岩!?
「……岩って……」
「気付いたか?」
もさもさ髪のロン・バックが言った。
「気付いたんじゃあ仕方がねぇーから教えてやるよ。半獣ちゃん、よーく聞けよ。狼達の石碑は噴水広場になんかに置かれちゃいない」
「どういう事だ」
「おお、正直じゃねぇーか。知りたいか? 昔のヒトはな、狼達のその邪悪で凶暴さを恐れたんだよ」
「気味を悪がったんだよ」
「それでだ。そんな化け物、村の、まあ今は街だけど、その土饅頭を何もなしに置いているだけだと、何時か呪われると思ったんだろうな。退治した後、教会の庭に大きな穴を掘って、埋めたんだとよ」
「封印だよ」
チビっ子の少年ケイト・ディルトがさっきからちょいちょい入って喋って来る。鬱陶しいと思いながらもオレは考えた。
『封印』……それは知っているけど……。「教会の庭」って……まさか。
「それがココって訳だ。で、当時の人々はその封印の為に巨大な岩石でそいつ等を抑え込んだんだとよ。……そして二度とその場所から動けないように」
「……じゃあ!?」オレははっとした。
薄々気付いていた。オレの後ろにある岩石。この通りをあまり通らないオレはこの岩石の存在をよく知らなかった。
ティール・ロイドが続ける。
「狼人間さんよ。お前この前ヘンな能力があるとか言ってたよな?」
「言ったよなあ?」
オレは黙った。
「もしこの岩に本当に獣共の〝魂〟やあらゆる〝気〟が在るなら……どうなると思う?」
「……」
「『気』をフィーリングして身体にそれを流し込む事が出来るんだろ? お前。俺にはどういうものかは知らなねぇけど。お前のいつもの反応見ると大体のことは判る」
「だとしたら、何だ……。何が判る?」
何だか気分が悪くなった。こいつ等の『気』さっきより負の感情が混ざり合っている。それがオレの胸の辺りにスーッと勝手に入って来る。
(うっ……)
自分で抑えいる何かが突出しそうだ。
「さぁ~な。それでだ。本題はココからだ。ロン・バックよろしく」
「おう!」も
さもさ髪が応えた。ふ~ん……ロン・バックっていうんだ。ロンゲ・バックの間違いじゃあ……。
「ちゃ~んと聞けや。……何笑ってんの? ったく、でだ」
もさもさはオレが笑いそうになってても無視した。話しを早く進めたいらしい。
「水浸しのワンコちゃん。お前が被った水は、ここの教会にある清らかな井戸水だ。いわば聖水。それに加え、今日は半月。闇と光が混ざり合うには丁度良い日だ。聖水を被った半獣のお前には丁度良い。しかも、フィーリングが使えると来たって訳だ。人狼とその狼と同じ封印の碑に儀式が終わるまで縛り付けてやるよ」
……要するにオレを狼人とその狼の仲間にしようと……。
「フザケルな。そんな有り得ない話、誰が信じると思うんだ。そんなホラを信じるお前らってバカじゃねーの? というかお前らの作り話じゃ―――」
「あ゛あ゛?」
ロン・バックがオレの胸座を渾身の力で蹴って来た。
その衝撃で息が詰まり一瞬気を失いかけた。
「もうちょっと気を遣えよ。おれらを誰だと思ってるんだよ?」
ロン・バックは憎たらしい笑い声を響かせオレを侮蔑した。
「しっかし、可笑しいなこいつ。一向に本当の狼にならないなー。時間帯の所為か?」
「おいおい、文献書を読むの間違えたんじゃねぇーの? こいつ」
「おいも一遍やってみようぜ」
「くっ」
ティル・ロイドがオレの胸座を掴んで締め付けて来る。
「そうだな。お前動物過ぎ。もう一遍痛ぶって思い知らせてやるよ。おい、ディルトもう一杯やれ」
「OK、二人ともそいつから離れて」
幼い口調のケイト・ディルトがバケツの取っ手を引っ掴み、更にバケツの角度を変えてオレにその中身をぶちまけた。
「っ!?」
身を一気に寒くする液体が掛かって来た。
「ごほッ」
オレはその水の所為で噎せた。
ティル・ロイドは高笑いしながらオレを卑下して来る。
「オオカミちゃん、二度目の聖水で益々浄化されちゃって、やっと頭が使えるようになったか?」
オレは心の奥から湧いて来る身に余るほどの憎悪と憤怒、そしてこいつ等の侮蔑と優越の念が押し寄せ、それらがオレの胸から身体中に広がった。不快の上にわなわなとオレは殺気を馳せらせた。
またオレとそいつ等のその気に呼応するかのように背後にある磐が「悲しみ」や「怒り」や「侮蔑」などという感情が背中から胸や頭にそして全身へと流れて込んだ。
一気に押し寄せるそれらの感情がオレを嘔吐させようとする。
水だけで終わりだと思うと次はティル・ロイド頭を殴ったのを合図に残りの二人が一斉に顔面を殴ったり、オレの身体中を蹴って来る。
ロープで磐ごと身体を縛られたオレはただ何も出来ずオレは頭を下げ一方的に痛みに耐えるしかなかった。
可笑しいな、ロン・バックが呟くと業と声を荒げてオレに言う。
「ここまで来たからには教えてやるよ。さっき言った狼に成れる碑の話は2/3は嘘だ。石碑はあっても人狼とその狼に成れはしない。しかし、困った事だな。この磐と磐の側面にはまっている碑は確かにバケモノどもを屠った石碑だ。だのに何故一向に何にもならねぇー。狼ちゃん何故かな?
「―――知るかよ。オレは人間だ」
三人はオレの言葉が起因して共に爆笑した。
「お前こんなにもみじめな事されているのにまだ人間ですッて言ってるぜ?」
「馬鹿だろう」
「キモチワルイ」
「オオカミたん、お前の居場所はココですワン」
「もがくな、苦しむな。お前はありのままを受け入れて今日此処で死んで生まれ変わるのを待つんだワン」
「同類め、墓に入れ」
「同類って何だ。オレは人狼人間なんかじゃない。何度も言わせるな」
「あ゛あ゛ ? いいやもう成ってるよ。お前のその眼が証明しているからよ」
ケイト・ディルトはクスクス笑って言う。
「今度はこの磐全体にも〝聖水〟掛けたら?」
「そうするか」
「いや、今日の処はもういい。一旦引こうぜ」
「ええ! なんで?」
「こう言うのは様子見てからもう一度来る方がいい」
「賞金首になるかもな」
「おお、そうかもな」
「それじゃあ、明日の4時にでも来るか。神官に見つからないようにな」
オレは無言のまま感情の渦に耐えていた。
地面の砂を軽く引っ掻いた。
それを見たケイト・ディルトは生意気な口振りでオレを詰る。
もしボク達から逃れたいのなら明日の朝までに此処の教会の神官にでも助けてもらえば?」
「クッ!」
オレは歯を見せて怒った。
しかしそれを見た三人組はネタにして益々オレを見て笑った。
TOCがオレに背中を向け帰ろうとしたその瞬間。胸の奥深くから靄のように死にそうなほどもがき這い上がって来る闇の鼓動と軋りを上げて拮抗する何者のかの自我が、オレの身体で受ける苦しい負の感情の塊に耐えきれず、まるで本当の狼の様にオレは叫んだ。そして更にギシギシと電気が蠢く様な感覚が走り、その上胸の奥深く呼応するかのように内から外へとそれが食い破るようにしてオレから全てを奪った。
オレの意識はドス黒く泡立ったタールの様なインクの中へと引き込まれる様にして一瞬にして意識を引き剥がされて吸い込まれ、そしてオレは我を忘れた。




