第Ⅲ章:狼の力
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―――オレの街にはこんな伝承がある。遠い昔、獣人が友の「狼」と共にこの街に住んでいた。その人ならざる獣の姿は、大きな身体で顔も手も何処も彼処も狼に似ていたそうだ。彼は鋭い眼であったがとても優しく慈悲や慈愛に満ちた優しい眼でもあった。……だが。人間の、特に大人の人間達は彼を懼れ厭み嫌った。彼は苦しめられ死の淵へと追い詰められた。
「彼」が「人間の姿」をしていないが故に……。人々は獣人に人権を奪い不自由さを与え、ついにはその獣人をこの街の墓地へと生き埋めにし、ありったけの「侮蔑」の情と「嫌悪」の情を込めたと言う。そして彼には罪も何も無いのに、今も猶その獣人の魂は村人の「負の感情」という名の鎖に繋がれ、天国に行く事を許される事無く、気持を知って欲しい為に、この世に留まり続けていると言う―――
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そして今オレは暗い闇の中……。そうだ。オレの心はいつも真っ暗闇だ。そして……視界も暗い―――ということはもう深夜になっている……。光というものは例え眼を閉じていてもその眩しさを感じ取ることが出来るのにオレには何一つ感じられない。恐らく、オレが今居る場所は街外れか何処かだろう。街の郊外に行くに従い夜道を照らす灯の数は減って行く。また、辺りが森林や平野に囲まれたオレが住んでいる街はそれ故に皆安全な街中に佇もうと光のある処に暮しているが、一方オレは何故こんな光の無い暗闇にいるのだろうか。オレは横になった身体の痛みを感じながらゆっくり起きて前を見た。
(どこだ?)
恍惚とした意識の中周囲を見回す。すると何故か何時もなら見えない暗闇の中、的確に物を見ることが出来た。おかしく思いながらも周囲を見回すとさっきのマトリョウシカトリオのTCOも教会も何処にもでも無かった。
―――恐らく教会の裏にある山。
オレは左の拳で両眼を擦った。と更にある事に気付いた。指先がどろッとした液体に染まっていた。それを見て今度は反対側の掌を見た。爪と皮膚の間に大量の血が付着していたのが判った。オレは悲鳴を上げた。
オレは覚束ない意識と足取りで山を出ようとしたが表に出る道が判らず行くとどなく右往左往し、やや少し痛む体をバネにし、やっとのことで教会に出て、そして其処を通り過ぎて、磐の石碑の所まで向かった。
オレは血の気が引いた。
三人とも血を流して倒れていた。
まさかとは思い、彼らの血の付いている顔や腹部を確認した。何処も鋭利な爪で引っ掻かれた血痕が残っていた。オレは駆けよって彼らの状態を調べたが、特に、ティル・ロイドの腹部が傷跡が非道く地面へと血を流していた。
オレはもう一度両手を開いて見た。
手の大きさは一回り大きく、爪先は異常に発達しナイフのように鋭利に尖っていた。
オレは絶叫し、その場から走って逃げた。
何故だろう。不思議な事に、暗い夜道でも昼間と同じくらいはっきりと見えた。しかし鮮明に見えるのではなくまるでモノクロの世界に身を投じたかのようだった。
走っている途中明かりが覚束ない人影も薄い街路を通ったが、通行人達はオレがその通りを通る度悲鳴を上げたり言葉が出ずに息を詰まらした。何故なのかオレには理由が判らなかったが幾分のムカつきを感じた。
さて家に着いた。
町里から離れた森の畔にあるオレの家は人があまり通らない場所だ。
オレは急いで外にある井戸から水を桶に入れて両手を思いっきり洗った。色は落ちたがどんなに落としても血の匂いは全く消えないばかりだった。オレはその匂いが殆ど消えた後、すぐに家の中に入った。
服を脱ぎ、弱った身体でふらふらしながら床に寝ころぶと頭の中に響く声だった。
にゃあにゃあという声がすると同時にその意味を伝えられる。
「誰だ!?」
―――そんなに大声を出さなくても……。
「だれか何処かに居るのか」
―――大丈夫かい? 身体弱り過ぎじゃないか。どうしたの私だよ。
「私?」
―――……私の言葉が判るの?
「えッ……?」
単音の羅列が一つの声に成って慣れて来ると徐々に綺麗に聞こえて来る。
『鏡を見て御覧』
声に対して怪訝に思いながらも、オレは部屋の片隅に置いてある姿身用の鏡を見た。すると、
目が狼の持つ獰猛な瞳と真っ黒な眼を持ち牙が発達したオレの姿が目に映った。
オレは死ぬ程驚いて引き下がり絶叫した。
先程から心配して一疋猫が鏡の前に座っているオレの横に入り込んだ。
毛が殆ど白く耳や脚などは茶色の猫リブズだ。言葉は判らずともオレの良き理解者でもある。
しかし、可笑しい。にゃあにゃあと言う声と同時に感情が鋭くオレの中に流れ込むと同時に言葉が聞こえて来る。
『どうしたの?』
「えッ?」
オレはまさかと思ったがその声に驚いた。
「リブズが、喋った」
『私の言葉がわかるのね。……どうしたのその格好と狼の匂い』
再び鏡を見つめると上半身に幾つもの捻挫や擦り剥いた跡があり、下半身のズボンは穴が空いていたり幾つもの引き摺った跡がありボロボロだった。
オレはこれは非道いと思いながらも再び変身した姿を見て非道く困惑し黒く冷え切った不安の塊に乱心した。
「リブズ!」
オレはリブズを抱きしめた。
「オレ……」
オレは何が何だか判らず怖がってリブズに頬擦りし、そして強く抱き締めた。
『血の匂いがする。人間の子の匂いね』
リブズのその言葉で先刻のTOCが少し出血して倒れていた姿を思い出した。
『レイ、どうしてこんな事になったの? ねぇ、教えて』
オレは今日一日遭った事を声を震わし詰まらせながらいつも通りにリブズに話した。
『狼人? 貴方を本物の狼にさせる為?』
「オレ、人を殺したかもしれない。どうやってあの縄から自由になったのか、何故TOCが血を流して倒れていたのか、どうして森の中に居たのか全く判らない。しかも、何なんだこの身体は……?」
『レイ、この匂い、狼に似ている』
「オオカミ……!? 可笑しい。そんなの在る筈が無い」
『でも貴方のその姿、獣に見える』
オレは抱いていたリブズを腕から解放した。リブズはストンッとちゃんと着地しオレを懸念する。
混乱する頭と冷静に保とうとする必死の感情が交錯して余計訳が判らなくなる。
そんなことが在る筈が無い。確信して言う。だが、そんなことは他所に信じたくはない嘘が―――真の確信が、鏡が映す成れの果てがそこにある。
毛深い腕と手。その両手はいつものオレの手よりやや少し大きくゴツゴツしていた。
爪も再びしっかり見ると狼の爪の様に鋭く、人の肉も容易く裂くことが出来、しかも両手で地面もいとも簡単に掘れそうだ。
歯は犬歯が上下4箇所とも鋭い牙に変わり気になって舌で何度も確認した。
「これ、永遠にこのままなのか……? オレ、本当に狼に成ってしまったのか? もう二度と元の姿には戻れないのか? これじゃ本当に―――」
バケモノそのものではないのか……?
嘘であって欲しい。
嘘であって欲しい。
嘘であって欲しい。
その思いが通じたのか変身は次第に静まって行く―――そんな筈なかった。
オレは途方に暮れ、ドーッと溜まって噴き出す疲労に耐え切れずそのままベッドに横たわり、リブズと一緒に眠りに就いた。
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朝が来た。寒い中、オレは目を覚ますと寝惚けながら昨夜の事を思い返した。
森、TOC、血、街道とライト、狼の匂い、そして鏡に映っていた自分の姿……。
オレは不安に思いながらも少しばかりの希望を抱いて再度鏡に映っている自分の姿を見た。
「―――……戻っている!!」
昨日の事を夢かと見間違いそうになった。大声を出してそう叫ぶと、リブズがオレのベッドから目を覚まして「何だ?」という反応をしたがリブズも昨日の事を思い出したのかハッとしてオレの許にやって来た。
ミィヤーオ。
猫の鳴き声がした。
―――まだ狼の匂いはするよ。
リブズは気で教えてくれる。
オレは片方ずつ両手を嗅ぐと微かに狼の匂いがした。
リブズはオレの背中にジャンプし、肩に乗った。
リブズはもう一度鳴き声を出した。が、オレには全く言葉は判らなかった。
しかし、いつものようにオーラのような感情の類を読み取って、オレは会話した。
「リブズ、オレ元に戻った。大丈夫だ」
それは何故だ? 理由は判らない。しかし数珠繋ぎして考えているともしかするとあの「石碑」と「月」の所為かもしれない。
だが、本当にそれだけなのだろうか。月並み過ぎて勘繰りたくなる。
しかし元に戻った。
一瞬安堵したが、よく考えてみるとこれは恐ろしいことかもしれない。
―――これが始まりなのかもしれない。
恐怖に感じながらも、部屋の小さな時計を見て、我に返った。
リブズは気を付けてと感情で会話するとオレは頷いてからしゃがんで肩からリブズを床に下した。
学校へは行きたくないが義務教育だし、嫌でもオレは毎日学校へ行く習慣を付けている。
今日は学校でイベントがある。
球技大会だ。
オレは靴下と靴を履き、カバンを持って急いで外に出て学校へ向かった。
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昨夜の件があったとは言え特に不調はなかった。
寧ろ体力が以前よりも付いた気がして、風を感じるのがいつもより心地良かった。
気紛れに流れる南風の冷たさに昨日の事を思い出させる。
水でびしょ濡れで巨大な岩の石碑に縛れ付けられ身動きは出来なかった昨日の自分。
そしてどういう事か判らないがそのロープから抜け出し、どういう訳かあの物好き三人組に危害を加え森に逃げた自分の事。
後悔という感情はなかった.。
無いと言うよりは自分のした事に覚えはなく、それ以前に本当に自分がしたのか未だ自分自身に疑いを持っている。
さて。そうこうしている内にオレの足は学校の校門へと辿り着いた。
立ち止まって一度息を吐き、中へ入って行った。
今日も退屈で「当たり前」の無い一日が始まる。
それがオレにとっての「普通」であるが、それがどれ程酷なものであるか、誰にも想像できないであろう。
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