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辺境薬師の街づくり  作者: 灯野 しおん
第6章 「灰降る国」

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第九十八話

ドクン――。


ドクン――。


火山の鼓動が変わる。


今までとは違う。


深く。


重く。


大地そのものが呼吸を始めたようだった。


ホタルの顔が青ざめる。


「起きちゃった……」


小さな声。


震えている。


アカネも息を呑む。


「まさか」


「封火の間まで……」


世界樹の診察記録が。


強く光る。


新しい文字。


『炎神樹 最終防衛機構』


炎竜えんりゅう


静寂。


次の瞬間。


ゴォォォォォッ!!


炎脈の最深部。


巨大な炎が噴き上がる。


赤ではない。


金色。


純粋な命の炎。


その中から。


ゆっくりと姿を現した。


巨大な竜。


燃えるような黄金の鱗。


長い角。


琥珀色の瞳。


その姿は神々しい。


しかし。


胸元だけが黒く染まっていた。


まるで。


心臓だけが病に侵されているように。


シオンは見上げる。


「苦しそう」


竜はシオンを見つめる。


長い沈黙。


そして。


ゆっくり口を開いた。


『……誰だ』


低く。


響く声。


だが。


敵意はなかった。


シオンは答える。


「薬師」


竜は目を細める。


『薬師……』


その言葉を。


懐かしむように。


何百年。


何千年。


昔を思い出すように。


『久しい名だ』


その時。


ゼノが杖を掲げた。


「炎竜よ」


「契約に従え」


黒い霧が。


竜の胸元へ伸びる。


しかし。


竜は低く唸った。


『黙れ』


ただ一言。


その声だけで。


黒い霧が吹き飛ぶ。


ゼノが初めて後退する。


「まだ自我が……」


残っていた。


完全には支配されていない。


ホタルが叫ぶ。


「リュウ!」


静寂。


竜の瞳が揺れる。


ホタルを見た。


『……小さき炎』


優しい声だった。


「ごめんね」


ホタルが泣きながら言う。


「守れなかった」


『違う』


竜は首を横に振る。


『お前は』


『よく頑張った』


その言葉に。


ホタルは声を上げて泣いた。


三年間。


誰にも言われなかった言葉。


「頑張った」


それだけで。


心がほどけていく。


しかし。


竜の胸の黒い染みは。


さらに広がっていく。


世界樹の診察記録が。


最後の診断を示す。


『虚無侵食率 八十三%』


ナギが息を呑む。


「そんなに……」


残された時間は少ない。


竜はシオンを見る。


静かに。


穏やかに。


『薬師』


『頼みがある』


シオンは頷く。


『もし』


『我が理性を失ったら』


『迷わず』


『この命を絶て』


静寂。


誰も声を出せない。


ホタルが首を振る。


「やだ!」


アカネも涙を浮かべる。


「そんなの……」


だが。


シオンだけは。


静かに首を横へ振った。


「しない」


即答だった。


竜が目を見開く。


「まだ」


シオンは竜の胸へ視線を向ける。


黒く染まった心臓。


そこを見つめながら。


穏やかに微笑んだ。


「助かるから」


その一言に。


炎竜の瞳に。


千年ぶりの希望が宿った。

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