第九十五話
ドクン!!
炎核が脈打つ。
黒い鎖が締まる。
少女の悲鳴が炎脈に響く。
「やだ……!」
「痛い……!」
赤い炎が暴れ狂う。
天井の岩が崩れ。
溶岩が溢れ始める。
火山全体が震えていた。
カインの声が響く。
「抵抗しても無駄です」
「炎核は既に器となった」
「世界を焼き尽くす炎に」
シオンは少女の手を握ったまま。
静かに首を横に振る。
「違う」
「この子は器じゃない」
カインが笑う。
「では何です?」
シオンは少女を見る。
震える肩。
涙で濡れた瞳。
苦しみに耐える小さな身体。
そして。
ゆっくり尋ねた。
「名前は?」
静寂。
少女が固まる。
カインの笑みも止まる。
まただ。
またその質問。
シオンはいつも同じだった。
怪物にも。
虚無にも。
炎にも。
最初に聞くのは。
名前。
少女は戸惑う。
「わからない……」
「炎核だから」
「みんなそう呼ぶ」
シオンは優しく言う。
「それは名前じゃない」
静寂。
少女の瞳が揺れる。
どこかで聞いた言葉。
ノアも。
ルナも。
同じことを言われた。
シオンは続ける。
「好きなものある?」
少女は困った顔になる。
考える。
長い間忘れていた記憶を探すように。
そして。
小さく呟いた。
「……花火」
静寂。
「夜に咲く光」
「きれいだった」
その瞬間。
暴れていた炎が少し静まる。
赤い炎の中に。
小さな光の花が浮かんだ。
ぱちり。
ぱちり。
まるで花火のように。
アカネが涙を流す。
「思い出してる……」
シオンは微笑む。
「じゃあ名前つけよう」
少女が顔を上げる。
不安そうに。
けれど。
少しだけ期待を込めて。
「名前……」
シオンは火花を見上げた。
夜空に咲く光。
そして。
静かに言った。
「ホタル」
静寂。
Entity: ホタル(火山の庭の炎核の子)
その名前が響いた瞬間。
炎核全体が光に包まれる。
黒い鎖が震える。
ギシギシギシ……
ホタルの瞳から涙が溢れる。
「わたし……」
「ホタル……」
初めて。
自分の名前を呼んだ。
その瞬間。
黒い鎖の一本が砕けた。
パキン!!
カインの表情が変わる。
「なっ……!」
さらに。
二本。
三本。
次々と亀裂が入る。
ホタルの周囲に。
温かな炎が灯る。
恐ろしい炎ではない。
誰かを照らす炎。
夜道を照らす灯火。
そんな優しい炎だった。
シオンはホタルの手を握ったまま言う。
「もう一人じゃない」
ホタルが泣きながら頷く。
「うん……」
その時。
炎脈の奥から。
世界樹の歌が響く。
ノアの歌。
そして。
ホタルの歌。
二つの歌が重なった。
優しく。
温かく。
長い夜を終わらせるように。
すると。
炎脈を塞いでいた黒い泥が。
少しずつ溶け始める。
バルドたち灰の騎士の身体からも。
泥が剥がれ落ちていく。
カインは後ずさった。
初めて。
本当に初めて。
恐怖が瞳に浮かぶ。
「そんな……」
「炎核が……浄化されている……」
シオンは静かに立ち上がる。
そして。
カインを見つめて言った。
「次は君」
その言葉に。
カインの心が。
大きく揺れた。




