第九十四話
「こわい」
その声は。
炎脈の奥から。
何度も。
何度も。
繰り返されていた。
黒い大蛇が暴れる。
炎脈が軋む。
火山が唸る。
それでも。
その声だけは。
消えない。
シオンは一歩踏み出す。
ナギが止める。
「奥だぞ」
「もう中心だ」
だが。
シオンは振り返らない。
「うん」
「だから行く」
それだけだった。
アカネが後ろから続く。
まだ首輪の影響は残っている。
それでも。
歩いていた。
「私も行く」
ノアも歌を続ける。
歌が道を作るように。
黒い泥が少しずつ退いていく。
まるで道を譲るように。
やがて。
炎脈の中心へ。
そこにあったのは。
巨大な心臓のような核。
炎核。
しかし。
それは美しくなかった。
黒い鎖。
無数の針。
そして。
首輪と同じ紋章。
中心で。
小さな少女が。
膝を抱えていた。
赤い髪。
だが。
色は失われかけている。
瞳は涙で濡れ。
炎は震えていた。
「やだ……」
「もういや……」
小さな声。
その周囲には。
無数の黒い鎖。
それが少女を中心に。
炎核そのものを縛り付けていた。
アカネが息を呑む。
「これが……」
「本当の炎核……」
シオンはゆっくり近づく。
少女は顔を上げる。
怯えた目。
「だれ……?」
かすれた声。
シオンは静かに答える。
「薬師」
いつもの言葉。
少女は震える。
「また……」
「助けるって言うの?」
その声には。
諦めと。
期待が混ざっていた。
シオンは頷く。
「うん」
「でも」
少し間を置く。
「無理はしない」
少女が小さく首を振る。
「無理じゃないよ」
「ずっと」
「ずっと無理だった」
炎が揺れる。
泣いているように。
その時。
背後で。
大蛇が咆哮する。
ゴォォォォ!!
黒い泥が一気に押し寄せる。
カインの声が響く。
「残念です」
「そこまで到達してしまいましたか」
黒い仮面のような霧が浮かぶ。
その奥で。
カインが微笑む。
「ですが」
「その核は既に“器”です」
「壊せません」
ナギが剣を構える。
「ならどうする」
カインはゆっくり答える。
「壊すのではありません」
「使うのです」
その瞬間。
炎核が強く脈打つ。
ドクン!!
少女が悲鳴を上げる。
「やめて……!」
シオンが即座に動いた。
少女の手を握る。
「大丈夫」
その一言で。
少女の呼吸が少し落ち着く。
だが。
黒い鎖はさらに強く締まる。
カインの声が冷たく響く。
「さあ」
「炎を世界へ」
「絶望の終わりを」
その言葉と共に。
炎核が。
暴走を始めた。




