第九十三話
ドクン――。
火山が脈打つ。
それは噴火の前触れではなかった。
命の鼓動。
長い眠りから。
何かが目を覚まそうとしていた。
炎脈の壁が赤く輝く。
一本。
また一本。
消えていた光が戻っていく。
「流れ始めた……」
アカネが呟く。
三年間。
黒い泥で塞がれていた炎脈。
今。
ほんの少しだけ。
命が流れ始めていた。
しかし。
カインは静かに微笑んだ。
「予想以上です」
穏やかな声。
けれど。
その瞳は冷たい。
「だからこそ」
「ここで終わっていただきます」
カインが数珠へ触れる。
カチリ。
赤い珠が一つ。
黒く染まる。
その瞬間。
炎脈中の黒い泥が震えた。
ゴォォォォ!!
地面。
壁。
天井。
あらゆる場所から泥が噴き出す。
それは。
騎士ではなかった。
巨大な蛇。
黒い泥でできた大蛇。
炎脈いっぱいに身をくねらせる。
その赤い瞳が。
シオンを見下ろした。
「先生!」
アカネが叫ぶ。
だが。
シオンは蛇ではなく。
その身体を見ていた。
「苦しそう」
ぽつり。
蛇の身体には。
無数の赤い亀裂。
まるで。
無理やり繋ぎ止められているようだった。
「炎脈の力を……」
「奪われてる」
アカネも気付く。
この蛇は。
黒い泥だけではない。
炎脈そのものを。
器にされている。
だから。
暴れるほど。
火山も傷付く。
カインは笑う。
「ええ」
「よく見えていますね」
「ですが」
「見えるだけでは救えません」
挑発。
しかし。
シオンは首を横に振った。
「違う」
静かな声。
「見えたら」
「治せる」
ナギが思わず笑う。
「それもそうか」
いつものシオンだった。
どんな相手でも。
診断できれば。
治療できる。
それが薬師。
その時。
世界樹の診察記録が。
今までで最も強く輝いた。
文字が浮かぶ。
『診断完了』
全員が息を呑む。
さらに。
次の文字。
『病名――虚無侵食症』
シオンは静かに読み上げる。
「虚無侵食症」
「原因」
「悲しみを利用され」
「命の流れが止められている」
さらに文字が続く。
『治療法』
一行だけだった。
『患者自身が、生きたいと願うこと』
静寂。
ナギが思わず呟く。
「薬じゃ……ない?」
シオンはゆっくり頷いた。
「今回は」
「心の薬」
その瞬間。
炎脈の奥から。
幼い少女の泣き声が響いた。
「……こわい」
「もう燃えたくない」
歌の主。
炎核の子。
その声だった。
シオンは微笑む。
「迎えに行こう」
もう。
治療は始まっていた。




