第九十話
ゴゴゴゴゴ……
火山が唸る。
四本目の黒い影は。
まだ柱になりきってはいない。
それでも。
空気は重く。
大地は悲鳴を上げていた。
アカネが立ち上がる。
まだ足元は少しふらつく。
それでも。
その瞳には迷いがなかった。
「急ごう」
シオンは頷く。
「うん」
一行は港町を後にした。
人々は道の脇で見送る。
誰も声は出さない。
ただ。
祈るように頭を下げていた。
アカネが戻ってきた。
それだけで。
小さな希望になっていた。
◇
火山の西側。
切り立った崖。
黒い岩肌には。
無数の赤い筋が走っている。
まるで。
血管だった。
「ここ」
アカネが岩壁へ手を添える。
ゴォ……
赤い紋様が淡く光る。
岩がゆっくり左右へ開いた。
隠された入口。
炎脈への道。
中から熱風が吹き抜ける。
熱い。
しかし。
不思議と息苦しさはない。
「昔は神樹の力が流れていた道」
アカネが説明する。
「だから命を拒まない」
シオンは壁へ触れる。
温かい。
鼓動のような振動。
「生きてる」
ぽつりと呟く。
ナギも壁へ手を当てた。
確かに。
一定のリズムで震えている。
ドクン。
ドクン。
まるで心臓だった。
しかし。
しばらく歩くと。
その鼓動が乱れ始める。
ドクン。
……。
ドクン。
ドクンドクン。
不規則。
苦しそうだ。
シオンは立ち止まる。
「詰まってる」
アカネが頷く。
「この先」
「黒い泥が流れてきた」
「昔は赤い光だったのに」
その時。
ノアが耳を澄ませる。
「聞こえる」
静寂。
「歌?」
とレイン。
ノアはゆっくり頷く。
遠く。
本当に遠くから。
誰かが歌っている。
優しい子守歌。
けれど。
どこか切ない。
ミルが目を閉じる。
「眠く……」
ユグがそっと肩を支える。
「だめ」
歌が始まっている。
アカネが慌てて小さな鈴を取り出した。
チリン……
澄んだ音。
歌が少し遠ざかる。
「守人の鈴」
「歌に飲まれないためのもの」
シオンは鈴を見つめる。
「薬みたい」
アカネが少し笑った。
「……そうかも」
三年ぶりの笑顔だった。
ほんの少し。
でも。
確かに笑った。
その時だった。
ドロリ。
足元の岩の隙間から。
黒い泥が染み出してくる。
熱い泥。
しかし。
炎ではない。
どこか生き物のように蠢いている。
ナギが剣を構える。
「来るぞ!」
泥は集まり。
ゆっくりと人の形になる。
一人。
また一人。
さらに一人。
黒い兵士。
顔のない影。
だが。
その胸元だけが赤く光っていた。
まるで。
消えかけた命の灯火。
シオンはじっと見つめる。
そして。
静かに言った。
「違う」
ナギが振り向く。
「何が?」
「敵じゃない」
静寂。
黒い兵士たちは。
剣を構えていなかった。
苦しそうに胸を押さえ。
炎脈を塞ぐように。
立ち尽くしていた。
まるで。
誰かに。
「ここから先へ行かないで」
そう伝えようとしているかのように。
その瞬間。
一番前の黒い兵士が。
かすれる声で。
初めて言葉を発した。
「……逃げ……ろ」
全員が息を呑んだ。
敵ではない。
この者たちもまた。
火山の奥で起きている何かから。
必死に誰かを守ろうとしていたのだった。




