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辺境薬師の街づくり  作者: 灯野 しおん
第6章 「灰降る国」

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第八十九話

「迎えに行こう」


シオンの一言で。


広場の空気が変わった。


ナギは火山を見上げる。


黒い煙。


赤く脈打つ山肌。


時折響く地鳴り。


どう見ても。


普通に登れる山ではない。


「どうやって行く?」


その問いに答えたのは。


アカネだった。


首輪にはまだ亀裂が残っている。


完全には解けていない。


それでも。


彼女の瞳には。


確かな意思が戻っていた。


「……裏道がある」


かすれた声。


三年間。


炎核の守人として通い続けた道。


「神樹しか知らない道」


世界樹の診察記録が光る。


アカネの言葉に反応するように。


一枚の地図が浮かび上がった。


火山の西側。


切り立った崖。


その奥に。


細い洞窟が描かれている。


『炎脈』


その文字が浮かぶ。


「炎脈?」


とナギ。


アカネは小さく頷く。


「火山の血管」


「昔は神樹へ力を送る道だった」


「今は……」


そこで言葉が止まる。


シオンが続ける。


「詰まってる」


アカネは驚いたように頷く。


「うん」


「黒いものが流れてる」


シオンは火山を見る。


やはり。


山も患者だった。


しかも。


血流が悪い。


ナギは苦笑する。


「今度は火山の血管か」


「うん」


即答。


もう慣れた。


その時。


広場の外から。


一人の少年が走ってきた。


息を切らしながら。


「アカネ姉ちゃん!」


十歳くらいだろうか。


煤だらけの顔。


ぼろぼろの服。


それでも。


必死に走ってきた。


アカネの表情が柔らかくなる。


「レン……」


レン


少年はアカネに抱きつく。


「よかった!」


「しゃべれるようになった!」


ぽろぽろと涙を流す。


アカネはぎこちなく。


本当にぎこちなく。


少年の頭を撫でた。


三年ぶりだった。


誰かに触れるのも。


笑うのも。


レンは涙を拭いながら。


シオンたちを見る。


「山へ行くの?」


「うん」


シオンが答える。


すると。


レンは真剣な顔になった。


「じゃあ気を付けて」


「夜になる前に帰って」


ナギが首を傾げる。


「夜になると何がある?」


レンは火山を見た。


少し震えている。


「歌が聞こえる」


静寂。


「歌?」


「うん」


「悲しい歌」


「聞くと」


少年は唇を噛む。


「帰りたくなくなる」


全員の表情が引き締まる。


精神を惑わす何か。


それが火山の奥にある。


ノアが小さく呟く。


「炎核の子……」


「泣いてるだけじゃない」


「歌ってる」


世界樹の診察記録が再び光る。


新しい文字。


『炎核は命を慰める歌を持つ』


『その歌は、傷ついた心を眠りへ誘う』


『今は虚無に歪められている』


シオンは静かに頷く。


「歌も苦しい」


その一言に。


アカネは目を見開いた。


誰も。


歌を心配したことなどなかった。


危険な歌。


呪いの歌。


そう呼ばれてきた。


でも。


シオンだけは違う。


歌もまた。


苦しんでいると言った。


その時。


ゴォォォォン!!


火山が大きく鳴動する。


赤い煙が空へ吹き上がる。


そして。


山頂近く。


三本目の黒い柱の隣に。


四本目の影が。


ゆっくりと立ち上がり始めた。


アカネの顔から血の気が引く。


「そんな……」


「封印が……」


「もう限界……」


残された時間は。


彼らが思っていた以上に。


少なかった。

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