第八十二話
『生きていたのか』
アルヴァの声が震える。
恐怖。
驚愕。
そして。
怒り。
今まで見せたことのない感情だった。
映像の中。
黒いローブの人物は静かに立っている。
顔は見えない。
仮面に覆われている。
だが。
アルヴァは知っていた。
絶対に見間違えない。
『ヴェルグ……』
静寂。
ヴェルグ
その名が響く。
世界樹の光が揺れる。
ルナの顔から血の気が引いた。
「そんな……」
彼女も知っていた。
いや。
知っているはずがない。
歴史から消された名前だから。
それでも。
魂が覚えていた。
それほど大きな存在だった。
シオンが聞く。
「知り合い?」
静寂。
ナギが額を押さえる。
規模が違う。
だが。
シオンにとっては同じだった。
知り合いかどうか。
それだけ。
アルヴァは苦笑する。
『知り合い……か』
遠い昔を思い出す。
世界樹の根元。
まだ世界が一つだった頃。
共に笑った仲間。
共に戦った仲間。
『友だった』
静寂。
その言葉は重かった。
ルナが目を伏せる。
世界樹も悲しそうに枝を揺らす。
『最も信頼していた』
『最も優しかった』
『誰よりも世界を愛していた』
だからこそ。
誰も疑わなかった。
あの日までは。
アルヴァの拳が震える。
『虚無との戦いの最中』
『奴は世界樹を裏切った』
白い世界が暗くなる。
遠い記憶が映し出される。
燃える空。
崩れる大地。
傷付いた世界樹。
そして。
黒い裂け目へ歩いていく青年。
ヴェルグ。
彼は振り返らなかった。
『救えないなら』
記憶の中の声。
静かだった。
『壊して作り直せばいい』
静寂。
ナギたちの背筋が凍る。
理解できない。
だが。
理解できてしまう部分もある。
世界が壊れるほどの絶望。
その先で。
壊した方が早いと考えてしまう。
『奴は虚無を利用しようとした』
『支配できると思った』
アルヴァの声が低くなる。
『結果』
『世界は壊れ』
『我は封じられ』
『ノアは取り残された』
『ルナは門番になった』
誰も何も言えない。
その時。
世界樹が静かに語る。
『ヴェルグもまた』
『傷付いていた』
静寂。
アルヴァが目を閉じる。
否定しない。
出来ない。
なぜなら。
それも事実だから。
『だから許されるわけではない』
世界樹は続ける。
『でも』
『誰かが彼を止めなければならない』
光が揺れる。
七つの庭の映像。
そのうち三つには既に黒い柱。
火山の庭。
砂漠の庭。
そして。
雪の庭。
残り時間は少ない。
その時。
シオンは映像を見ていた。
ヴェルグを見ていた。
そして。
ぽつりと呟く。
「この人も苦しそう」
静寂。
ナギが顔を覆う。
もう分かっていた。
そう言うと思った。
アルヴァは苦笑する。
世界樹も笑う。
ルナも。
ノアも。
誰も驚かない。
シオンは変わらない。
敵も。
味方も。
裏切り者も。
全部患者。
全部助けたい。
その薬師らしい答えに。
世界樹は優しく頷いた。
『そうだね』
『だからこそ』
『あなたに託したい』
静寂。
世界樹の光が強くなる。
そして。
シオンの手の中へ。
一枚の葉が舞い降りる。
虹色に輝く葉。
七色の光を宿した葉。
『世界樹の診察記録』
全員が固まる。
名前だけ聞くと。
とても神聖さがない。
だが。
世界樹は真面目だった。
『私の傷の場所』
『神樹たちの状態』
『そして』
『七つの庭へ繋がる道』
すべてが記されている。
シオンは葉を受け取る。
大切そうに。
薬草のように。
そして。
白い世界に出口が現れる。
海底の門へ戻る道。
旅立ちの時だった。
次なる目的地。
黒い柱が立つ場所。
炎と灰に覆われた。
火山の庭へ。




