第八十一話
世界樹の根元。
そこに現れた光の紋章。
七つの神樹を結ぶ線。
世界の流れ。
命の循環。
すべてが描かれている。
まるで巨大な血管だった。
シオンは静かに見つめる。
薬師の目で。
患者を見る目で。
そして。
気付いた。
「傷だ」
静寂。
誰もが息を呑む。
世界樹が頷く。
『そう』
『千年前の傷』
光の中に黒い亀裂が見える。
一本。
二本。
いや。
無数。
蜘蛛の巣のように広がっている。
世界そのものに刻まれた傷跡。
虚無との戦い。
その代償。
完全には治らなかった。
だから今。
再び広がっている。
シオンは膝をつく。
亀裂へ手を伸ばす。
触れる。
その瞬間。
膨大な痛みが流れ込む。
アルヴァの苦しみ。
ノアの孤独。
ルナの願い。
七つの庭の悲鳴。
そして。
世界樹の痛み。
あまりにも大きい。
世界一つ分の痛み。
普通なら耐えられない。
だが。
シオンは目を閉じる。
静かに。
ただ静かに聞く。
患者の声を聞くように。
そして。
ゆっくり呟いた。
「まだ治る」
静寂。
世界樹が目を見開く。
アルヴァも。
ルナも。
ノアも。
「本当に?」
ルナの声が震える。
千年間。
誰も言わなかった言葉。
治る。
その可能性。
シオンは頷く。
「でも」
少し困った顔をする。
嫌な予感。
ナギたちは察した。
「足りない」
やっぱり。
何かが足りない。
「何が?」
ナギが聞く。
シオンは紋章を見る。
七つの神樹。
そして。
そのうち二つだけが光っている。
翠風の庭。
海鳴りの庭。
救った庭。
残る五つは暗い。
「材料」
静寂。
薬だった。
やはり薬だった。
世界樹ですら薬扱いだった。
シオンは説明する。
「全部の神樹の力がいる」
世界樹が静かに頷く。
『その通り』
『七つは元々一つ』
『全て揃わなければ傷は塞がらない』
つまり。
残り五つの庭。
そこへ行かなければならない。
そして。
黒い柱も。
そこに現れている。
静寂。
ようやく見えてきた。
旅の本当の目的が。
海鳴りの庭だけではない。
七つの庭。
すべてを巡る旅。
その時。
白い世界が激しく揺れた。
ドォォォォォン!!
今までで最大の衝撃。
亀裂が広がる。
ノアが震える。
ルナも顔色を失う。
アルヴァが空を睨む。
『間に合わぬぞ』
残り三十日。
いや。
もっと短いかもしれない。
その時だった。
世界樹が枝を揺らす。
光が舞う。
そして。
七つの庭の映像が空に浮かび上がる。
燃え盛る火山。
黄金の砂漠。
雪と氷の大地。
星降る高原。
深い森。
そして。
最後の庭。
誰も知らない場所。
隠された七番目の庭。
世界樹の声が響く。
『急ぎなさい』
『黒い柱の主も動き出している』
静寂。
その時。
映像の片隅に。
一人の人物が映る。
黒いローブ。
銀色の仮面。
エルドではない。
もっと古い。
もっと危険な存在。
それを見た瞬間。
アルヴァの表情が凍りついた。
『まさか……』
赤い瞳が大きく開かれる。
『生きていたのか』
その声には。
千年ぶりの恐怖が混じっていた。




