第七十六話
門が開く。
ギィィィ……
重く。
長い年月を感じさせる音。
千年間閉ざされていた扉が。
ゆっくりと。
わずかに開いた。
その隙間から光が溢れる。
だが。
それは眩しい光ではなかった。
白い。
どこまでも白い光。
温かさも。
冷たさもない。
ただ存在するだけの光。
「変な感じ」
ミルが呟く。
誰もが同じ感覚だった。
そこには何もない。
なのに。
何かがいる。
そんな違和感。
ルナが鍵を握る。
「今から魂を送る」
「身体は眠る」
「向こうで傷つけば精神にも影響が出る」
「だから絶対に無理しないで」
最後の言葉だけ。
なぜか全員がシオンを見た。
シオンは首を傾げる。
「?」
全く自覚がなかった。
そして。
銀色の光が広がる。
世界が白に染まる。
身体が軽くなる。
浮くような感覚。
遠ざかる海底。
遠ざかる身体。
そして。
次の瞬間。
シオンたちは白い世界へ立っていた。
地面がある。
ように見える。
だが。
実際には何もない。
空もない。
地平線もない。
上下すら曖昧だった。
「ここが……」
マリナが呟く。
「虚無の庭」
ルナが答える。
かつて。
最初の庭だった場所。
世界樹が分かれる前。
すべての命が繋がっていた場所。
その残骸。
その時。
遠くに人影が見えた。
一人。
白い世界の中心に立っている。
黒い髪。
黒い外套。
赤い瞳。
青年の姿。
シオンたちは息を呑む。
「アルヴァ……」
門の向こうの怪物。
世界を揺るがす存在。
その正体。
しかし。
そこにいたのは怪物ではなかった。
ただの青年だった。
疲れ切った。
とても疲れた顔をした。
青年だった。
アルヴァは振り向く。
赤い瞳が細くなる。
『来たか』
声は同じ。
だが。
威圧感は薄れていた。
むしろ。
どこか寂しそうだった。
シオンは近付く。
アルヴァも逃げない。
しばらく見つめ合う。
そして。
「寝てない?」
静寂。
ナギが吹き出した。
やっぱりそれか。
アルヴァは呆れたように笑う。
『千年寝ておらぬ』
「だめ」
即答だった。
『なぜだ』
「身体に悪い」
『身体などない』
「精神にも悪い」
『……』
反論できなかった。
実際。
かなり悪かった。
千年分。
相当に。
その時。
シオンの視線が変わる。
診察の目。
患者を見る目。
アルヴァの周囲を見る。
そして。
気付いた。
「いる」
静寂。
「何が?」
ナギが聞く。
シオンはアルヴァの背後を見ていた。
何もないはずの場所。
しかし。
彼には見えていた。
黒い霧。
絡みつく影。
無数の手。
アルヴァを縛る鎖。
それらは。
アルヴァ自身ではない。
外から侵食している何か。
「虚無」
その言葉と同時に。
白い世界が揺れた。
ゴォォォォ……
空間が軋む。
アルヴァの表情が変わる。
初めて。
驚いた。
『見えるのか』
「うん」
シオンは頷く。
そして。
ゆっくり近付く。
黒い霧へ。
その瞬間。
霧の奥で何かが目を開いた。
巨大な瞳。
アルヴァより遥かに古い存在。
世界樹よりも前からいるような。
深い闇。
それがシオンを見た。
そして。
初めて声を発する。
『異物』
世界が震える。
虚無そのものが。
シオンの存在に気付いたのだった。




