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辺境薬師の街づくり  作者: 灯野 しおん
第5章  海鳴りの庭

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第七十二話

三十日。


その数字は重かった。


あまりにも短い。


海鳴りの庭を救うだけでも難しい。


その上。


世界を揺るがす封印まで。


残り三十日。


誰もすぐには言葉を発せなかった。


海底を流れる水音だけが聞こえる。


ルナは門を見上げたまま立ち尽くしている。


千年守ってきた。


千年耐えてきた。


それがあと三十日。


「ごめんなさい」


ぽつりと呟いた。


静寂。


「私がもっと強ければ」


「私がもっと早く気付いていれば」


「私が――」


「違う」


シオンが言った。


ルナが顔を上げる。


「一人だった」


短い言葉。


それだけだった。


でも。


ルナの瞳が揺れる。


千年。


誰も来なかった。


誰も助けてくれなかった。


誰も一緒に背負ってくれなかった。


そんな相手に。


もっと頑張れとは言えない。


シオンは首を傾げる。


「むしろ頑張りすぎ」


ナギが頷く。


「それは本当にそう」


ジークも腕を組む。


「千年は働きすぎだな」


ミルも小さく頷く。


「休んでいい」


ルナの目から涙が溢れる。


誰も責めなかった。


誰も失敗だと言わなかった。


その時。


門の向こうから声が響く。


『くだらぬ』


赤い瞳が細くなる。


『慰め合って何になる』


『封印は壊れる』


『世界は終わる』


『結果は変わらぬ』


冷たい声だった。


だが。


シオンはじっと門を見つめる。


そして。


「終わらない」


『なぜそう言える』


「まだ診てない」


静寂。


ナギが吹き出した。


もう慣れてしまった。


神樹も。


精霊王も。


世界樹も。


全部患者扱いだった。


当然。


封印も患者だった。


シオンは門へ近付く。


ルナが慌てる。


「危ない!」


だが。


シオンは門の表面へ手を置いた。


その瞬間。


光が広がる。


種が輝く。


海の神樹が共鳴する。


翠風の庭の葉も光る。


そして。


門の記憶が流れ込んできた。


膨大な映像。


遠い昔。


世界樹がまだ一つだった時代。


空を覆う巨大な樹。


その根元で笑う人々。


精霊。


獣人。


樹人。


人間。


皆が共に暮らしている。


だが。


ある日。


世界の外から何かが来た。


黒い裂け目。


虚無。


光を喰らう闇。


世界樹を蝕む存在。


そして。


それを封じるため。


世界樹は自らを分けた。


七つの庭へ。


さらに。


最も危険なものを。


この門の奥へ閉じ込めた。


静寂。


映像が終わる。


シオンはゆっくり目を開く。


全員が見ていた。


「何が見えた?」


ナギが聞く。


シオンは少し考える。


そして。


「病気じゃない」


「え?」


「怪我」


静寂。


全員が固まる。


シオンは真面目だった。


「封印壊れてる」


「だから痛い」


確かに。


病ではない。


千年前の傷が悪化している。


そう考えれば説明がつく。


ルナも息を呑む。


千年間。


誰もそんな見方をしなかった。


封印は封印。


壊れたら終わり。


そう思い込んでいた。


だが。


怪我なら。


治療できる可能性がある。


その時。


門の向こうの存在が静かに笑った。


しかし。


先ほどまでとは違う。


少しだけ。


興味を持った声だった。


『面白いな』


赤い瞳が細くなる。


『お前は初めてだ』


『我を恐れぬ者は』


シオンは首を傾げる。


「怖い?」


『……』


門の向こうが黙った。


数秒後。


『少し腹が立つ』


ナギはとうとう笑い出した。


世界を滅ぼしかねない存在が。


薬師相手に調子を狂わされている。


だがその時。


海鳴りの庭の神樹が大きく揺れた。


ゴォォォォ―――


海が震える。


守護鯨が警戒の声を上げる。


そして水平線の向こう。


黒い柱が二本に増えていた。


マリナの顔色が変わる。


「そんな……」


事態はさらに悪化している。


誰かが。


意図的に封印を壊そうとしているのだった。

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