第六十五話
翠風の庭を出発した日。
空はどこまでも青かった。
風が吹く。
以前と違う。
眠ったような風ではない。
生きている風だ。
森の木々が揺れる。
鳥たちが歌う。
精霊たちが舞う。
百年ぶりに。
翠風の庭は息を吹き返していた。
「また来てください」
セレスが頭を下げる。
樹人族の人々も集まっている。
皆の表情は明るかった。
神樹はまだ完全ではない。
けれど。
確かに回復へ向かっている。
それだけで希望になった。
精霊王も見送りに来ていた。
巨大な身体。
相変わらず圧倒的だ。
しかし。
以前とは違う。
どこか穏やかだった。
「薬師」
「?」
「……感謝する」
静寂。
ナギたちが驚く。
精霊王が礼を言った。
それだけでも奇跡だった。
シオンは少し考える。
そして。
「寝てる?」
精霊王が固まった。
ナギは吹き出した。
「そこ!?」
シオンは真面目だった。
重要だからだ。
精霊王はしばらく黙る。
そして。
「少しな」
「良かった」
その答えに。
精霊王は思わず笑った。
百年ぶりだった。
こんな風に笑ったのは。
その様子を見て。
エアリアも笑う。
「また会いましょう」
シオンは頷いた。
「うん」
約束。
今度はきっと守られる。
そう思えた。
そして。
一行は帰路につく。
ルーメンへ。
帰る場所へ。
数日後。
街が見えた。
ルーメン。
遠くからでも分かる。
街が大きくなっている。
「え?」
レインが目を丸くする。
「増えてない?」
本当に増えていた。
建物が。
明らかに。
出発前より。
増えている。
ナギが嫌な予感を覚える。
「誰かやらかした?」
その時。
門の上から声が響いた。
「シオン先生ーーー!!」
子どもたちだ。
一斉に駆けてくる。
続いて大人たちも。
広場へ連れて行かれる。
そして。
全員が固まった。
広場の中央。
巨大な石碑が建っている。
そこには。
大きく文字が刻まれていた。
『神樹の街ルーメン』
さらに下には。
『創設者 シオン』
静寂。
シオンが固まる。
ナギも固まる。
ジークが吹き出した。
レインも笑い始める。
「誰!?」
ガロンが胸を張った。
「みんな!」
「勝手に決めた!」
「なんで!?」
ルーメン中が笑いに包まれる。
シオンは本気で困っていた。
だが。
その光景を見ていると。
少しだけ。
胸が温かくなった。
帰る場所がある。
待ってくれる人がいる。
それは思ったより。
嬉しいことだった。
その夜。
ルーメンでは盛大な歓迎会が開かれた。
だが。
その宴の最中。
一人の来訪者が街へやって来る。
潮の香りを纏った少女。
黒髪。
蒼い瞳。
神樹が見せた幻と同じ少女だった。
彼女は広場の入口に立ち。
シオンを見る。
そして開口一番。
「助けてください」
その声には切迫した焦りがあった。
「海鳴りの庭が沈みます」
宴の音が止まる。
誰もが息を呑んだ。
第三の庭。
海の神樹。
その危機が。
ついにルーメンへ届いたのだった




