第六十三話
眩い光が翠風の庭を包む。
風が止む。
黒い蔦も。
揺れる木々も。
すべてが光の中で静かになった。
まるで世界が呼吸を止めたようだった。
アリアの姿は薄れている。
もう長くはない。
それを誰もが感じていた。
精霊王は前へ出る。
「行くな」
震える声だった。
百年間。
言えなかった言葉。
待ち続けた想い。
すべてが滲んでいる。
アリアは優しく笑う。
「ごめんね」
その言葉に。
精霊王は首を振る。
「謝るな」
静寂。
「お前は約束を破っていない」
エアリアが目を見開く。
ノアも。
シオンも。
皆が精霊王を見る。
精霊王は涙を流していた。
「帰りたかったんだろう」
「分かっていた」
「本当は最初から」
百年間。
怒っていたのではない。
認められなかっただけだ。
失ったことを。
別れたことを。
認めるのが怖かった。
だから待ち続けた。
だから怒り続けた。
その言葉を聞いて。
アリアは嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
風が吹く。
優しい風だった。
その時。
ノアが膝をつく。
黒い蔦が崩れていく。
身体も少しずつ光に変わっていた。
百年分の歪みが消えている。
だが。
それは同時に。
ノア自身の終わりも意味していた。
エアリアが駆け寄る。
「ノア!」
ノアは微笑む。
もう百年前の少年の顔だった。
「ごめん」
「みんなに迷惑かけた」
精霊王は首を振る。
「馬鹿者」
それだけだった。
だが。
その声は温かかった。
友へ向ける声だった。
その時。
シオンが前へ出る。
「まだ終わってない」
全員が振り向く。
シオンは神樹を見る。
ノアを見る。
精霊王を見る。
そして。
「治療する」
ナギが額を押さえた。
「またそれ!?」
だが。
シオンは本気だった。
薬師だから。
患者がいるなら治療する。
それだけだ。
シオンは神樹の根元へ向かう。
そこにはまだ黒い蔦の残骸がある。
百年分の悲しみ。
百年分の怒り。
完全には消えていない。
神樹も衰弱している。
普通なら助からない。
誰もがそう思う。
だが。
シオンは種を掲げた。
アリアが託した種。
精霊王が待ち続けた種。
ノアが守りたかった種。
百年分の想いが詰まった種。
そして。
ミルが前へ出る。
「手伝う」
ユグも頷く。
「私も」
セレスも。
リリも。
レインも。
ナギも。
ジークも。
全員が並ぶ。
ルーメンでそうしてきたように。
一人ではなく。
みんなで。
シオンは微かに笑った。
そして種を神樹へ埋める。
その瞬間。
光が溢れた。
神樹。
始原泉。
ルーメンの神樹の芽。
遠く離れた二つの庭が共鳴する。
命の流れが繋がる。
失われていたはずの道が。
百年ぶりに。
再び結ばれようとしていた。
そして。
神樹の奥から。
誰も予想していなかった声が響く。
『ようやく』
古く。
懐かしく。
大地そのもののような声。
『二つ目の庭が目覚める』
静寂。
ミルが震える。
ユグも息を呑む。
これは精霊王ではない。
アリアでもない。
神樹そのものの声だった。
七つの庭の秘密が。
ついに語られ始めようとしていた。




