第六十話
神樹が死ぬ。
その言葉が響いた瞬間。
精霊王は駆け出していた。
ドォン!
巨大な身体が森を駆ける。
風が吹き荒れる。
「父さん!」
エアリアも後を追う。
シオンたちも走った。
森が揺れている。
いや。
森だけではない。
大地そのものが震えていた。
木々の葉が次々と色を失う。
緑が。
茶色へ変わる。
ミルが顔を青くする。
「まずい」
ユグも震えていた。
神樹と繋がる二人には分かる。
命の流れが弱っている。
急速に。
信じられない速度で。
消えている。
「急ぐ!」
ジークが叫ぶ。
一行は森の奥へ走る。
そして。
ついに辿り着いた。
翠風の庭の中心。
誰も言葉を失った。
そこにあったのは。
巨大な神樹。
かつて世界を支えた七つの庭の一つ。
そのはずだった。
だが。
半分以上が枯れている。
枝は黒い。
葉は落ちている。
樹皮はひび割れ。
生命の光がほとんど残っていない。
「そんな……」
セレスが膝をつく。
樹人族が代々守ってきた神樹。
その姿だった。
しかし。
シオンは別のものを見ていた。
「病気」
静寂。
ナギが振り向く。
「分かるの?」
シオンは頷く。
神樹の根元。
黒い何かが絡みついている。
蔦のような。
霧のような。
生き物のような。
異物。
「これ」
「原因」
精霊王が目を見開いた。
彼も気づいていなかった。
百年間。
神樹を憎み続けていた。
だから。
近づかなかった。
見ようとしなかった。
「そんな馬鹿な……」
その時。
神樹の根元から声が響く。
笑い声だった。
クククク……
誰もいないはずなのに。
「ようやく気付いたか」
黒い霧が集まる。
人の形になる。
細身の男。
黒衣。
そして。
異様な金色の瞳。
全員が警戒する。
だが。
シオンだけは違った。
「誰」
男は笑った。
「失礼だな」
「百年も頑張ったのに」
百年。
その言葉に全員の顔色が変わる。
男は神樹に触れる。
黒い蔦がさらに広がる。
神樹が悲鳴を上げた。
ミルが耳を塞ぐ。
ユグも顔を歪める。
聞こえる。
神樹の苦痛が。
「君たちのおかげだよ」
男は楽しそうだった。
「精霊王が神樹を憎み」
「神樹が精霊王を避け」
「誰も真実を見なかった」
「実に簡単だった」
静寂。
精霊王の瞳が揺れる。
まさか。
百年間。
利用されていたのか。
男は笑う。
「感謝している」
「だから最後は見届けさせてあげよう」
黒い蔦が神樹を覆う。
命が吸われていく。
森が枯れる。
風が止まる。
空が暗くなる。
その時。
シオンが一歩前へ出た。
男を見る。
神樹を見る。
そして。
精霊王を見る。
「まだ助かる」
男が笑った。
「助からない」
シオンは首を振る。
「診察終わってない」
ナギが思わず吹き出した。
こんな状況で。
まだ診察なのか。
だが。
シオンにとっては同じだった。
患者が目の前にいる。
それだけだ。
神樹も。
精霊王も。
森も。
全部。
助ける対象だった。
そしてその瞬間。
シオンの持つ神樹の種が。
眩い光を放ち始めた。
まるで。
百年前に途切れた約束を。
今こそ果たすために。




