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辺境薬師の街づくり  作者: 灯野 しおん
第4章 神樹の街ルーメン

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第五十九話

ゴォォォォ―――


森全体を揺らすような風が吹き抜けた。


木々が大きくしなる。


泉の水面が荒れる。


空を覆う雲が渦を巻く。


「来る!」


ジークが剣へ手をかける。


だが。


エアリアが首を振った。


「武器を抜かないで」


その声は切実だった。


「お願い」


全員が動きを止める。


そして。


森の奥から姿を現した。


巨大な狼。


いや。


狼に似た何か。


銀色の毛並み。


風そのもののような身体。


金色の瞳。


体長は十メートルを超える。


その一歩ごとに風が生まれる。


ナギが息を呑んだ。


狼獣人である彼女には分かる。


格が違う。


圧倒的な存在。


森そのものが歩いているようだった。


「父さん……」


エアリアが呟く。


精霊王だった。


精霊王は娘を見る。


一瞬だけ。


本当に一瞬だけ。


その瞳が優しくなる。


だが。


次の瞬間。


一行へ視線を向ける。


空気が凍った。


「人間」


低い声。


怒りを押し殺した声。


「また来たか」


セレスが震える。


樹人族にとって。


精霊王は恐怖の象徴だった。


しかし。


シオンは違った。


じっと見ている。


観察している。


「……?」


ナギが嫌な予感を覚える。


この顔はまずい。


何か見つけた顔だ。


そして案の定。


シオンが言った。


「寝てない?」


静寂。


全員が固まる。


精霊王も固まる。


風まで止まった。


「は?」


精霊王が初めて間抜けな声を出した。


シオンは続ける。


「目の下」


「疲れてる」


「あと肩こり」


ナギが頭を抱えた。


「精霊王に何言ってるの!?」


だが。


シオンは真面目だった。


精霊王の魔力は荒れている。


循環が悪い。


風の流れも乱れている。


そして何より。


眠れていない。


長年の怒りと悲しみで。


休めなくなっている。


薬師の目にはそう見えた。


精霊王は呆然としていた。


百年間。


恐れられた。


憎まれた。


戦われた。


説得された。


でも。


寝不足を心配されたことはなかった。


一度も。


エアリアが吹き出した。


ぷっ。


思わず笑ってしまう。


精霊王が娘を見る。


娘は泣きながら笑っていた。


「父さん」


「な、なんだ」


「久しぶりに面白い人」


精霊王は困惑した。


完全に調子を崩されている。


その隙を逃さず。


シオンが聞く。


「アリアのこと」


静寂。


空気が変わる。


精霊王の瞳が揺れた。


百年間。


誰にも触れさせなかった名前。


誰も知らなかった名前。


「……なぜ知っている」


シオンは神樹の種を見せる。


淡く光る種。


精霊王の目が見開かれる。


その種を。


彼は知っていた。


「それは……」


震える声。


百年前。


アリアへ託した種だった。


なくなったはずの。


戻らなかったはずの。


約束の証。


精霊王の身体が震える。


怒りではない。


悲しみだった。


「どこで……」


「分からない」


シオンは正直に答える。


「でも」


「帰ってきた」


静寂。


風が止む。


森も静まる。


そして。


百年間閉ざされていた精霊王の心に。


小さな亀裂が入った。


その時だった。


翠風の庭の奥。


神樹のある方角から。


突然。


黒い光が空へ立ち上る。


ゴォォォォォ―――!!


森全体が震える。


精霊王の表情が変わった。


エアリアも青ざめる。


「まずい!」


「何が?」


ジークが叫ぶ。


精霊王は空を睨みつけた。


そして。


百年ぶりに恐怖を滲ませる。


「神樹が……」


「死ぬ」

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