第六話
ナギたちが向かったのは、
通りの端にある小さな食堂だった。
看板は半分割れている。
扉も軋み、窓にはヒビが入っていた。
それでも中からは温かな匂いがする。
スープの匂いだった。
「ただいまー」
ナギが扉を開ける。
カラン、と鈴が鳴った。
店内は思ったより明るい。
古いランプがいくつも吊るされ、
木の机には傷が刻まれている。
カウンターの奥から、
大柄な男が顔を出した。
ドワーフだった。
赤茶色の髭に、太い腕。
「遅ぇぞナギ」
「ちょっと色々あって」
男の視線がシオンへ向く。
鋭い目。
値踏みするような視線だった。
「……人間か」
空気が少し張る。
ルーメンでは珍しくない。
種族間の距離はまだ遠い。
だがシオンは気づいていない。
「スープありますか」
真っ先に聞いた。
ナギが吹き出す。
ドワーフの男も一瞬ぽかんとして、
それから鼻を鳴らした。
「あるが」
「食べる」
「即答かよ」
リリまで小さく笑う。
ドワーフの男は腕を組んだ。
「金は?」
シオンは止まる。
静寂。
ゆっくりと、薬箱を開ける。
乾燥薬草。
包帯。
小瓶。
そして――。
「……薬草ならある」
ナギが慌てる。
「待って待って、それ貴重なやつじゃ!?」
「空腹の方が問題」
真顔だった。
ドワーフの男は数秒黙ったあと、
突然豪快に笑い出した。
「ガハハハハ!!」
店内が揺れるほどの笑い声。
「面白ぇ嬢ちゃんだ!」
シオンはきょとんとする。
男はカウンターへ戻りながら言った。
「今日はツケにしといてやる」
「つけ?」
「後払いだ」
「なるほど」
シオンは本当に納得した顔をした。
ナギは頭を抱える。
(この人ほんと危なっかしい……)
三人はテーブルへ座った。
しばらくして、
大きな鍋から湯気の立つスープが運ばれてくる。
豆と野菜の簡素なスープ。
でも温かい。
シオンはじっとそれを見る。
「……いい匂い」
ぽつりと漏れた声に、
ナギは少し驚いた。
初めて、
年相応に見えた気がした。
「冷める前に食べな」
シオンはスプーンを手に取る。
一口。
その瞬間、
ぴたりと動きが止まった。
ナギが不安になる。
「え、まずかった?」
シオンは静かに首を振る。
「……おいしい」
その声は、
思ったより柔らかかった。
リリが微笑む。
ドワーフの男も、
カウンター越しに目を細めていた。
しばらく、
静かな食事の時間が流れる。
外では風が鳴り、
霧が街を包んでいる。
けれどこの小さな店だけは、
少し温かかった。
ふと、
ドワーフの男が口を開く。
「名前は?」
「シオン」
「俺ァガルドだ、で?」
ガルドは腕を組む。
「こんな辺境で何するつもりだ」
シオンはスプーンを置いた。
少しだけ考えてから答える。
「薬屋をやる」
ナギが横を見る。
リリも耳をぴくりと動かした。
シオンは続ける。
「病気減らしたい」
「怪我も」
「あと、ちゃんと眠れる場所が必要」
店内が静かになる。
シオンは真剣だった。
冗談ではなく。
夢物語でもなく。
本気で言っている。
「……この街を?」
ガルドが低く聞く。
シオンは頷いた。
「うん」
「ここ、ちゃんとすればもっと良くなる」
ナギの胸が、
また少しだけ熱くなる。
終わった街だと思っていた。
みんな諦めていた。
なのにこの少女だけは、
当たり前みたいに未来を見ている。
ガルドはしばらく黙り込んでいたが、
やがて深く息を吐いた。
「……変な嬢ちゃんだな」
「よく言われる」
即答だった。
今度は店の全員が笑った。
ルーメンの夜。
その小さな食堂で。
追放された薬師の少女は、
初めて“居場所”みたいなものを手に入れようとしていた。




