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辺境薬師の街づくり  作者: 灯野 しおん
第一章 灰霧の辺境

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第五話

「……あの」

エルフの少女が、おずおずと口を開く。


「わたし、別に――」

「痛いでしょ」


シオンは少女の手首をそっと持ち上げた。

細い。

しかも赤く腫れている。


荷袋の中身は薬草だった。

かなり重い。


「冷やさないと悪化する」

「いや、だから!」


酒場の男が怒鳴る。

「そいつが問題起こしたんだよ!」


シオンはようやく男を見た。

数秒、観察するように。


そして。

「酔ってる?」


男の顔が引きつった。


ナギが遠くで吹き出しかける。


「てめぇ……!」

「酒臭い」


「おい!」

「あと顔赤い」

「だから何だ!」


シオンは真顔だった。


「水飲んだ方がいい」

「喧嘩売ってんのか!?」


完全に売っていた。

本人にその自覚がないだけで。


男が腕を振り上げる。

ナギが飛び出そうとした、その瞬間。


シオンが先に口を開いた。


「その腕」

「……あ?」

「痛めてる?」


男の動きが止まる。

肩だった。


振り上げた瞬間、ぴくりと表情が歪む。

シオンはじっとそこを見る。


「炎症起きてる、放置すると上がらなくなる」


男は顔をしかめた。

図星だった。


荷運びの仕事中に傷めた肩が、

最近ずっと痛む。

だが治療院へ行く金はない。


シオンは続ける。

「湿布作れる」


沈黙。


酒場前の空気が妙な方向へ変わっていく。


男たちは顔を見合わせた。


さっきまで喧嘩になりかけていたのに、

いつの間にか診察されている。


ナギは額を押さえた。

(この薬師、怖いもの知らずなの……?)


エルフの少女もぽかんとしていた。


シオンは少女へ荷袋を返す。

「重いなら分けて運ぶ」


「……え?」

「一人でやるとまた腫れる」


少女の長い耳がぴくりと揺れた。


今まで。

この街で。

そんな風に言われたことは、

一度もなかった。


「……なんで」


小さな声。

「なんで、そこまで……」


シオンは少し考えた。

いつものように。

言葉を選ぶのが苦手な顔で。


「困ってそうだったから」

それだけだった。


けれど。


エルフの少女の目が、

じわりと揺れる。


男たちも、

もう怒鳴る気を失っていた。


代わりに一人がぼそっと言う。


「……お前、薬師か?」

「元」

「なんでこんな辺境に」


シオンは少しだけ空を見上げた。


灰色の夜空。

灯りの少ない街。

冷たい風。


そして。

「ここ、必要なもの多そうだから」


男たちは黙る。


ナギの胸が、

また少しざわついた。


必要なもの。


普通は、

「足りないもの」

なんて見たくない。


この街の住人はみんな、

見ないようにして生きている。


貧しさも、

病気も、

争いも。


でもシオンだけは違った。

足りないなら作ればいい。

困ってるなら助ければいい。


まるで、

それが当然みたいに。


エルフの少女が、

ぎゅっと荷袋を抱きしめる。


「……わたし、リリ」

「薬草採りしてる」

「シオン」


短い自己紹介。


それから少し遅れて。

「……ナギ」


ナギも小さく名乗った。


リリは二人を交互に見る。


そして、

ほんの少しだけ笑った。


その時だった。


ぐぅぅぅぅ……


再び響く、

盛大なお腹の音。


沈黙。


シオンは静かに視線を逸らした。

ナギが吹き出す。


「もう限界じゃん!」


リリまで肩を震わせ始める。

シオンだけが真剣だった。


「……空腹は判断力落ちる」

「いやその通りだけど!」


ナギは笑いながら言う。


「ほら、スープ行くよ」


その言葉に、

シオンは小さく頷いた。


ルーメンの夜。

暗いはずの街で。

その時初めて、

小さな笑い声が響いた。

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