第五十七話
鳥王の森を出て三日。
一行は翠風の庭の外縁部へ辿り着いた。
景色は美しかった。
だが。
どこかおかしい。
森はある。
草も生えている。
花も咲いている。
それなのに。
静かすぎた。
「鳥がいない」
リリが呟く。
全員が気づく。
確かにそうだ。
鳥の声がない。
虫の羽音もない。
風だけが吹いている。
生命が薄い。
まるで森が眠っているようだった。
セレスの表情も暗い。
「昔は違ったんです」
樹人族が語る翠風の庭は、
歌う森だった。
朝になれば鳥が歌い。
精霊たちが遊び。
風が笑う。
そんな場所だったらしい。
今は違う。
風だけが吹いている。
その時だった。
シオンの胸元で、
神樹の種が光る。
ぽうっ。
柔らかな緑色。
ミルが顔を上げる。
「近い」
「何が?」
ナギが聞く。
「待ってる人」
静寂。
神樹の種は一定方向を指すように輝いていた。
北東。
森のさらに奥。
一行はその光を頼りに進む。
すると。
夕方頃。
森の中に泉が現れた。
透き通る水。
風に揺れる草原。
そして。
一人の少女。
泉のほとりに座っていた。
長い銀緑色の髪。
白いワンピース。
裸足。
年齢は十六歳ほど。
彼女は静かに水面を見つめていた。
まるで。
ずっと誰かを待っていたように。
その瞬間。
神樹の種が強く光る。
少女が振り向いた。
金色の瞳。
シオンが旅立ちの日に見た瞳だった。
静寂。
少女は立ち上がる。
そして。
一行を見つめた。
ナギたちは警戒する。
だが。
シオンだけは違った。
「会えた」
少女が目を見開く。
予想していた反応ではなかったらしい。
普通なら。
警戒される。
質問される。
なのに。
会えた。
それだけだった。
少女はしばらく黙っていた。
やがて。
少しだけ笑う。
本当に少しだけ。
「変わった人」
ナギがため息を吐く。
「また言われてる」
少女は泉の水面を見る。
そして静かに言った。
「私はエアリア」
エアリア
「精霊王の娘です」
ついに現れた。
百年前の約束を知る少女。
セレスが一歩前へ出る。
「お願いがあります」
「神樹を救う方法を――」
だが。
エアリアは首を振った。
その顔は悲しかった。
「もう遅いです」
静寂。
風が吹く。
泉の水面が揺れる。
「父はもう誰の言葉も聞きません」
「神樹も」
「樹人族も」
「私の言葉も」
絶望が滲んでいた。
百年間。
ずっと説得してきたのだろう。
ずっと止めてきたのだろう。
それでも届かなかった。
その時。
シオンが聞いた。
「どうして怒ったの?」
エアリアが固まる。
「え?」
「約束」
「何の約束?」
静寂。
長い沈黙。
そして。
エアリアの瞳に涙が浮かぶ。
初めてだった。
百年間。
誰もその質問をしなかった。
皆。
精霊王を悪者にした。
神樹を悪者にした。
でも。
誰も。
何があったのかを聞かなかった。
エアリアは震える声で言う。
「父は……」
「友達を失ったんです」
風が止まる。
その言葉と共に。
百年前の真実が。
少しずつ語られ始めようとしていた。




