第五十六話
「精霊王の娘がな」
鳥王の言葉に、一同は息を呑んだ。
百年前の約束。
神樹の怒り。
精霊王の憎しみ。
そのすべてを知る者が、まだ生きている。
「どこにいるんだ?」
ジークが尋ねる。
鳥王は北東の空を見た。
その先。
翠風の庭の方向だ。
「森の奥」
「閉ざされた泉のほとり」
セレスが顔を曇らせる。
その場所を知っていた。
「風眠の泉……」
樹人族の間では禁足地とされる場所だった。
誰も近づかない。
いや、近づけない。
「なぜ?」
レインが聞く。
セレスは静かに答える。
「戻ってこないからです」
静寂。
「戻ってこない?」
「はい」
泉へ向かった者はいても。
奥まで辿り着いた者はいない。
途中で道に迷う。
眠る。
気づけば森の入口へ戻されている。
まるで森そのものが拒んでいるように。
その時。
シオンがぽつりと言った。
「会いたい」
全員が振り向く。
「理由聞きたい」
シオンらしい答えだった。
神樹が悪いのか。
精霊王が悪いのか。
そんなことはまだ分からない。
まず話を聞く。
それがシオンだった。
鳥王は満足そうに頷く。
「だからお前を気に入った」
ナギが小声で言う。
「鳥王に気に入られる薬師って何……」
誰にも分からない。
その夜。
一行は巨大樹の上で休むことになった。
見上げれば星空。
見下ろせば森の海。
風が心地良い。
ミルは枝の上に座っていた。
尻尾を揺らしながら夜空を見ている。
そこへユグがやって来た。
「眠れない?」
ミルは頷く。
「少し」
ユグも隣に腰掛けた。
しばらく二人は黙っていた。
やがてユグが呟く。
「羨ましいな」
「?」
「精霊王の娘」
ミルは首を傾げる。
ユグは少し笑った。
「百年経っても覚えてもらえてる」
その言葉に。
ミルは静かに考えた。
そして。
ぽん、とユグの肩を叩く。
「ユグも覚えてる」
「え?」
「私も」
「シオンも」
「ナギも」
「みんなも」
ユグは目を瞬かせた。
ミルは当然のように続ける。
「家族だから」
静寂。
ユグは俯く。
そして。
小さく笑った。
少しだけ涙ぐみながら。
「うん」
遠くで風が吹く。
その風は北東へ流れていた。
翠風の庭へ。
そして翌朝。
鳥王との別れの時が来る。
「また来い」
鳥王はそう言った。
「治療は続きだからな」
シオンは頷く。
「約束」
鳥王も頷いた。
巨大な翼が広がる。
黄金の羽が舞う。
そして。
「薬師」
鳥王が最後に呼び止める。
「気をつけろ」
蒼い瞳が真剣だった。
「精霊王は優しい」
「だからこそ危険だ」
その意味を理解する者はいなかった。
だが。
鳥王は知っている。
本当に優しい者ほど。
深く傷ついた時、
誰よりも世界を憎んでしまうことを。
一行は再び旅立つ。
翠風の庭まで、あと三日。
その道中で彼らは出会うことになる。
風眠の泉を守る少女。
百年前の約束を知る、
精霊王の娘と。




