第五十話
「第二の神樹の庭が危険です」
樹人族の女性の言葉に、
広場が静まり返った。
朝の市場。
賑やかだった空気が一変する。
ジークが一歩前へ出た。
「詳しく聞かせてくれ」
女性は静かに頷いた。
彼女の名は、
セレス
年齢は分からない。
見た目は二十代半ばほど。
だが樹人族は長命らしい。
もしかすると百年以上生きているかもしれない。
淡い緑色の髪。
肌には木の葉のような紋様。
風が吹くと、
その紋様が微かに光る。
不思議な種族だった。
その頃。
シオンは薬屋で薬草を整理していた。
そこへナギが飛び込んでくる。
「シオン!」
「来た!」
「誰が」
「新しい種族!」
シオンの手が止まった。
「薬草詳しい?」
ナギは思わず天を仰ぐ。
予想通りである。
数分後。
広場。
シオンはセレスをじっと見ていた。
観察である。
セレスも少し困っていた。
こんなに真剣に見つめられることは少ない。
やがてシオンが言う。
「葉っぱの匂いする」
ナギが吹き出した。
セレスは驚いた。
「分かるのですか?」
「うん」
「樹人族は体内で植物を育てています」
今度はシオンが驚く番だった。
目が輝く。
非常に危険な兆候である。
「詳しく」
「後で!」
ナギが即座に止めた。
今はそれどころではない。
セレスは話を続ける。
「私たちが守る庭は『翠風の庭』と呼ばれています」
広場に地図が広げられる。
ルーメンから北東。
森を越え。
山脈を越えた先。
かなり遠い。
馬車でも二週間以上はかかる距離だった。
「そこに神樹が?」
レインが聞く。
セレスは頷く。
「ありました」
その一言で空気が変わる。
過去形。
「枯れ始めています」
静寂。
ミルが顔を上げる。
「神樹が?」
信じられない。
神樹は簡単には枯れない。
それは皆知っている。
セレスは苦しそうに続けた。
「三年前から少しずつ」
「葉が落ち」
「精霊が姿を消し」
「森が眠り始めました」
オルディスが腕を組む。
「原因は?」
「分かりません」
セレスは首を振った。
「だから来たのです」
そして。
真っ直ぐシオンを見る。
「神樹に認められた薬師様」
シオンは首を傾げる。
「認められてない」
ミルが即答した。
「認められてる」
ユグも頷く。
「認められてる」
ナギも頷く。
「認められてる」
シオンだけが納得していなかった。
広場に笑いが起こる。
少しだけ空気が軽くなった。
しかし。
セレスは真剣だった。
「お願いです」
深く頭を下げる。
「翠風の庭を助けてください」
その時。
シオンは答えなかった。
珍しく。
すぐには答えなかった。
全員が不思議そうな顔をする。
シオンは考えていた。
広場を見る。
市場。
薬草園。
街灯。
新しい家々。
遊ぶ子どもたち。
ルーメンはまだ発展途中だ。
自分が長期間離れれば困ることも多い。
薬屋もある。
患者もいる。
初めてだった。
街を作ったことで生まれた悩み。
ナギが静かに聞く。
「どうする?」
シオンはしばらく黙っていた。
そして。
ゆっくりと答える。
「みんなで決めたい」
その言葉に。
ジークが少し笑った。
オルディスも。
レインも。
昔のシオンなら。
一人で決めていた。
一人で飛び出していた。
でも今は違う。
ルーメンは一人の街じゃない。
みんなの街だ。
その日の夜。
広場で開かれることになった。
ルーメン初の――
街会議。
そしてその会議で、
後にルーメンの歴史を変える大きな決定が下されることになる。




