第四十八話
光だった。
始原泉の結晶から溢れ出した光が、
地下研究区画を照らしていた。
優しい光。
暖かい光。
神樹が持つ命の色。
シオンは結晶を握る。
すると。
頭の中へ声が響いた。
懐かしいような。
優しいような。
知らないはずなのに、
どこか知っている声。
『ようやく辿り着きましたね』
静かな女性の声だった。
目の前に景色が広がる。
七つの庭。
花畑。
薬草園。
笑い合う人々。
そして。
白い外套の女性。
神樹の幻で見た薬師だった。
「初代薬師」
シオンが呟く。
女性は微笑んだ。
『その呼び方は好きではなかったのですけれど』
少し困ったような笑顔。
どこかシオンに似ている。
『私はただの薬師でした』
『あなたと同じように』
シオンは首を傾げる。
「同じじゃない」
『そうでしょうか?』
女性は楽しそうだった。
『全部救いたい』
『でも全部は救えない』
『だから目の前の人を救う』
静寂。
シオンは少し考える。
そして。
頷いた。
女性は満足そうだった。
『なら大丈夫』
『あなたは薬師です』
その瞬間。
結晶がさらに輝いた。
現実へ戻る。
地下研究区画。
ヴォイド。
黒い影。
仲間たち。
全てがそこにある。
黒い影が初めて動揺していた。
「なぜだ」
「なぜまだ現れる」
シオンは答えない。
代わりに。
ヴォイドへ近づく。
黒い結晶が邪魔をする。
だが。
ナギが切り裂く。
伸びる黒い触手。
ジークが斬り払う。
襲い来る呪詛。
オルディスが防ぐ。
ミルとユグが神樹の光を繋ぐ。
レインが支える。
一人では届かなかった。
でも。
今は違う。
シオンはヴォイドの核へ手を伸ばす。
あと少し。
あと少し。
黒い影が叫ぶ。
「やめろ!」
初めてだった。
感情を露わにしたのは。
「私は消える!」
シオンはそこで気づいた。
この影も。
恐れている。
消えることを。
忘れられることを。
孤独を。
ユグと同じ。
ヴォイドと同じ。
そして。
どこか人と同じだった。
シオンは静かに言った。
「名前」
影が止まる。
「思い出したい?」
静寂。
長い静寂。
影は震えていた。
何千年も抱えてきた感情。
憎しみ。
絶望。
怒り。
その奥に埋もれていたもの。
「……わからない」
小さな声だった。
シオンは頷く。
「じゃあ後で考える」
ナギが叫んだ。
「今!?」
その瞬間。
シオンの手がヴォイドの核へ触れた。
光が爆発する。
眩しい。
暖かい。
優しい。
ヴォイドが叫ぶ。
苦しみではなく。
解放されるような声。
黒い結晶が砕ける。
一つ。
また一つ。
そして。
無数に。
黒い影も崩れ始める。
「そんな……」
その声には怒りはなかった。
ただ。
寂しさだけがあった。
シオンは言う。
「終わりじゃない」
影が顔を上げる。
顔はないのに。
そう見えた。
「名前思い出したら教えて」
静寂。
そして。
影は初めて笑った。
本当に笑った気がした。
『変な薬師だ』
その言葉を最後に。
黒い影は光へ溶けていった。
ヴォイドの巨大な身体も崩れていく。
だが。
中心には一つの光が残っていた。
小さな芽。
神樹の芽だった。
ユグが涙を流す。
ミルも泣いていた。
神樹を喰らうために生まれた存在。
でも最後に残ったのは。
神樹の命だった。
その瞬間。
ルーメン全体を光が包んだ。
地下水脈。
始原泉。
薬草園。
神樹の庭。
全てが共鳴する。
長い長い夜が終わる。
そして。
ルーメンという小さな街は。
この日初めて。
神樹に認められた街となった。




