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辺境薬師の街づくり  作者: 灯野 しおん
第3章終盤 「神樹計画」

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第四十六話

「……たすけて」


地下最深部に静寂が落ちた。


誰も動けない。


誰も言葉を発せない。


目の前にいるのは怪物だ。


神樹を喰らうために作られた存在。


世界そのものを脅かす災厄。


なのに。


その声は。


あまりにも苦しそうだった。


ヴォイドの無数の瞳が揺れる。


黒い身体のあちこちから、

赤黒い光が漏れている。


まるで傷口だ。


苦しみが溢れているようだった。


「……いたい」


掠れた声。


子どものようにも聞こえる。


老人のようにも聞こえる。


男とも女とも違う。


ただ。


苦しんでいた。


ナギが小さく呟く。


「嘘でしょ……」


ジークも剣を下ろせない。


でも振れない。


オルディスは苦い顔をしていた。


理解してしまったからだ。


ヴォイドも被害者だ。


神樹計画によって作られた。


利用された。


壊された。


その結果が今。


目の前にいる。


シオンは一歩前へ出る。


ジークが止めようとする。


「待て」


「危険だ」


シオンは頷いた。


「危険」


「なら」


「でも患者」


全員が頭を抱えた。


いつも通りだった。


怪物だろうが。


神樹だろうが。


シオンにとってはまず診察である。


ヴォイドはシオンを見る。


無数の瞳。


その奥に。


小さな光が見えた。


本来の意識。


消えかけているけれど。


まだ残っている。


シオンは静かに聞いた。


「どこが痛い」


ナギが叫ぶ。


「問診始めた!」


しかし。


ヴォイドは本当に考え始めた。


数秒。


いや。


数十年ぶりに聞かれたのかもしれない。


そんな質問を。


やがて。


ヴォイドはゆっくりと答える。


「……全部」


その声に。


ユグが泣きそうになる。


同じだった。


自分と。


研究者たちは実験結果しか見なかった。


成功率。


数値。


能力。


でも。


痛いかどうかなんて聞かなかった。


一度も。


シオンは頷く。


「わかった」


そして。


観察する。


瞳。


皮膚。


魔力の流れ。


根の状態。


黒い結晶。


全部を見る。


その時。


彼女は気づいた。


「……寄生」


オルディスが顔を上げる。


「何?」


シオンはヴォイドを指差す。


「本体じゃない」


静寂。


ユグが目を見開いた。


「え……?」


シオンは続ける。


「ヴォイド病気」


「黒いの別」


オルディスの表情が変わる。


そして。


理解した。


神樹計画は失敗した。


だが。


完全な失敗ではなかった。


ヴォイドは本来、

神樹の力を制御する器だった。


そこへ別の何かが入り込んだ。


黒い結晶。


灰霧。


始原泉の汚染。


すべての元凶。


その瞬間。


ヴォイドの身体から黒い霧が噴き出した。


ギャアアアアア!!


悲鳴。


いや。


ヴォイド自身ではない。


別の何か。


無数の黒い結晶が浮かび上がる。


そして中央に集まる。


人型を作る。


顔もない。


目もない。


ただ。


黒い影。


ミルが震える。


「違う」


「ヴォイドじゃない」


影が笑った。


聞こえないはずなのに。


笑った気がした。


そして。


初めて言葉を発する。


「見つかったか」


オルディスの顔色が変わる。


古代語だった。


しかも。


神樹が使っていたものと同じ系統。


影はシオンを見る。


興味深そうに。


そして。


「また薬師か」


そう呟いた。


その言葉で。


神樹が見せた幻が脳裏をよぎる。


七つの庭。


初代薬師。


崩壊。


戦争。


シオンは気づく。


これはベルクではない。


研究所でもない。


もっと昔からいる。


もっと古い存在だ。


影はゆっくり腕を広げた。


地下施設全体が震える。


黒い結晶が共鳴する。


ルーメンの地下。


始原泉。


神樹の庭。


全てへ繋がっていく。


「何千年ぶりだろうな」


影は呟く。


「薬師と会うのは」


静寂。


そして。


初代薬師の時代から続く因縁が。


ついに姿を現した。

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