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辺境薬師の街づくり  作者: 灯野 しおん
第3章終盤 「神樹計画」

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第四十四話

ゴゴゴゴゴ……


封印室全体が揺れる。


天井から石が落ちる。


壁に走る亀裂。


少女の背中から伸びる根が、

苦しむようにうねっていた。


まるで悲鳴だ。


「離れろ!」


ジークが叫ぶ。


全員が身構える。


だが。


シオンだけは前へ進んだ。


ナギが慌てる。


「シオン!」


「待って!」


根は暴れている。


触れれば危険だ。


それでも。


シオンは止まらない。


少女は震えていた。


翠色の瞳が揺れる。


「だめ……」


かすれた声。


「近づかないで」


根がさらに暴走する。


床が砕ける。


壁が割れる。


少女は目を伏せた。


「傷つける」


その言葉で。


シオンは理解した。


この子は怖いのだ。


自分が。


昔のレインと同じ。


始原泉の存在と同じ。


黒い巨木と同じ。


皆。


傷つけたくなくて苦しんでいた。


シオンは立ち止まる。


そして静かに聞いた。


「名前」


少女が顔を上げる。


「……え?」


「名前ある?」


沈黙。


長い沈黙だった。


少女はゆっくり首を振る。


「ない」


研究番号ならある。


実験体番号もある。


でも。


名前はなかった。


誰も付けなかった。


シオンは少し考える。


ナギが嫌な予感を覚える。


この顔は何か考えている顔だ。


数秒後。


シオンが言った。


「じゃあ」


「ユグ」


全員が固まる。


「早っ!?」


ナギが叫ぶ。


シオンは真面目だった。


「神樹みたいだから」


理由もシンプルだった。


少女――ユグは目を見開く。


何度も瞬きをする。


まるで。


理解できない言葉を聞いたように。


「……名前?」


「うん」


「私の?」


「うん」


静寂。


根の動きが少し弱まる。


ミルが小さく笑った。


「いい名前」


リリも頷く。


「綺麗」


ナギはため息を吐く。


「まぁシオンらしいか」


ユグの瞳から涙がこぼれた。


ぽろり。


一滴。


また一滴。


「はじめて……」


誰かに呼ばれた。


番号じゃなく。


実験体じゃなく。


名前で。


その瞬間。


暴走していた根の動きが止まる。


光が戻る。


黒く濁っていた部分が、

少しずつ緑へ変わっていく。


オルディスが驚く。


「暴走が収まっている……」


しかし。


次の瞬間。


施設全体が大きく震えた。


ドォォォォォン!!


誰もが顔を上げる。


嫌な音だった。


封印室ではない。


もっと深い場所。


さらに地下。


レインの顔色が変わる。


「……嘘だろ」


研究記録。


封印室。


第七実験群。


そして。


最後のページの余白。


そこに小さく書かれていた一文を思い出す。


※本命は地下最深部に移送


静寂。


オルディスが低く呟く。


「まさか」


その時。


研究施設全体に警報が鳴り響いた。


ビーッ!


ビーッ!


ビーッ!


聞いたことのない音。


壁の魔導灯が赤く点滅する。


そして。


機械音声のような声が響いた。


最終封印解除


神樹計画中枢 起動


第零実験体 覚醒


誰も言葉を失った。


第七実験群がユグ。


なら。


第零実験体とは何なのか。


ユグの顔から血の気が引く。


初めて。


本気の恐怖を見せた。


「だめ」


震える声。


「起こしちゃだめ」


シオンが振り向く。


「知ってるの?」


ユグは頷く。


涙を浮かべながら。


そして。


絞り出すように言った。


「……あれは失敗作じゃない」


封印室が静まり返る。


ユグはゆっくりと顔を上げた。


「神樹を食べるために作られたの」


その瞬間。


地下最深部から。


獣とも。


竜とも。


人とも違う。


巨大な咆哮が響いた。


ルーメンの大地そのものが震える。


そして誰もが理解した。


本当の敵は、

今まさに目覚めたのだと。

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