第四十三話
地下研究区画は静かだった。
不気味なほどに。
コツ、コツ、と足音だけが響く。
壁には魔導灯が並んでいる。
だが半分以上は壊れていた。
薄暗い。
冷たい。
そして。
どこか悲しい場所だった。
ナギが小声で言う。
「……誰もいない?」
ジークも周囲を警戒する。
「警備がなさすぎるな」
オルディスも同意した。
こんな重要施設なら、
何かいてもおかしくない。
なのに。
静かすぎる。
シオンは床を見ていた。
「違う」
「?」
「逃げた」
全員が足を止める。
シオンは埃を指差した。
足跡。
大量の足跡。
しかも新しい。
「最近」
「人が出ていった」
オルディスが感心したように笑う。
「よく気付くな」
「薬草探しと同じ」
またそれである。
さらに奥へ進む。
研究室。
保管庫。
記録室。
どれも荒らされていた。
重要な資料は持ち出されている。
ベルクたちは撤退したのだ。
だが。
完全には片付いていない。
レインが棚の奥から一冊の記録帳を見つけた。
「これ……」
表紙には。
【神樹計画 第七実験群】
と書かれていた。
シオンが開く。
そして。
全員の表情が変わる。
そこには実験記録が並んでいた。
失敗。
失敗。
失敗。
失敗。
延々と。
神樹の力を再現しようとして。
多くの生命が壊された。
魔物。
植物。
人。
ベルクは何度も挑戦した。
そして。
最後のページ。
そこだけ文字が違う。
走り書きだった。
第七実験群
成功
自我保持確認
予測不能
危険度 最大
封印処置
静寂。
ナギが嫌そうな顔をした。
「絶対会いたくないやつ」
誰も反論できない。
その時だった。
ゴォォォ……
遠くで音がした。
風ではない。
呼吸。
巨大な何かの。
全員が武器を構える。
地下の奥。
さらに深い場所。
そこから聞こえてくる。
やがて。
大きな扉へ辿り着く。
鉄ではない。
木でもない。
黒い結晶で作られている。
中央には文字。
【第七封印室】
リリが息を飲む。
「ここ……」
ミルが小さく呟く。
「いる」
シオンは頷いた。
感じる。
苦しそうな気配。
怒りではない。
憎しみでもない。
ただ。
長い間閉じ込められていたような。
そんな気配。
ジークが扉へ手をかける。
「開けるぞ」
全員が身構えた。
ギギギギ……
封印室が開く。
暗闇。
巨大な空間。
そして。
中央にいたものを見て。
誰も動けなくなった。
「……え」
ナギが呟く。
そこにいたのは。
怪物ではなかった。
巨大な魔物でもない。
少女だった。
年齢は十五、六歳ほど。
長い銀色の髪。
透き通る肌。
眠るように目を閉じている。
だが。
背中から無数の樹の根が伸びていた。
根は部屋全体へ広がり、
施設そのものと繋がっている。
まるで。
人と神樹を無理やり一つにしたような姿。
ミルが震える。
「……かわいそう」
シオンも黙っていた。
薬師として見ればわかる。
これは病気ではない。
事故でもない。
人が作った傷だ。
その時。
少女の目がゆっくり開いた。
翠色の瞳。
とても綺麗だった。
だが。
その目には深い孤独があった。
少女はかすれた声で言う。
「……また実験?」
静寂。
誰も答えられない。
何年。
何十年。
彼女はここにいたのだろう。
シオンは一歩前へ出た。
そして。
いつものように言った。
「違う」
少女が瞬きをする。
シオンは続けた。
「診察」
ナギが顔を覆った。
「またそれ言う……」
だが。
少女は初めて少しだけ笑った。
本当に少しだけ。
忘れていたものを思い出したみたいに。
その瞬間。
施設全体が大きく揺れた。
ゴォォォォォ!!
天井から砂が落ちる。
オルディスが顔を上げた。
「まずい!」
封印が壊れ始めている。
そして。
少女の身体を繋ぐ無数の根が、
ゆっくりと暴走を始めていた――。




