第四十一話
ルーメン中を流れる水が光っていた。
淡い緑色。
まるで街全体を包む血流のように。
地下水脈。
井戸。
水路。
薬草園。
すべてが繋がっている。
シオンが流し込んだ薬液は、
街の隅々まで広がっていった。
そして。
グルルル……
広場で暴れていた灰色の魔物が苦しみ始める。
身体に埋め込まれた黒い結晶。
それがひび割れていく。
ナギが目を見開いた。
「効いてる!」
ジークも魔物を押さえ込む。
「今だ!」
バキッ!
結晶が砕け散った。
その瞬間。
魔物は倒れ込む。
だが死なない。
苦しそうに息をしている。
シオンが駆け寄った。
観察。
呼吸。
瞳。
脈。
そして。
「戻る」
短く言った。
オルディスが驚く。
「助かるのか?」
シオンは頷いた。
「元は普通の魔物」
つまり。
病気に近い。
治療できる。
その言葉に住民たちの顔が明るくなった。
だが。
終わりではなかった。
ドォォォォォン!!
街の北側で爆発が起きる。
建物が揺れる。
誰かが叫んだ。
「北門だ!」
ジークの顔が変わる。
「まだいるのか!」
北門へ駆けつけた時。
全員が言葉を失った。
そこには。
巨大な樹木があった。
いや。
樹木だったもの。
高さ二十メートル以上。
幹は黒く変色し。
枝には結晶が食い込んでいる。
そして。
苦しむようにうねっていた。
リリが震える。
「……神樹の欠片」
オルディスも顔色を失った。
理解したのだ。
神樹計画の意味を。
「神樹を増やそうとしたんだ」
誰かが呟く。
シオンだった。
始原泉。
地下水脈。
結晶。
全部が繋がる。
ベルクたちは神樹の力を研究していた。
そして。
神樹を人工的に作ろうとした。
結果。
失敗した。
目の前の怪物になった。
ゴォォォォォ!!
黒い巨木が咆哮する。
枝が振り下ろされる。
建物が吹き飛ぶ。
住民たちが悲鳴を上げた。
ナギが飛び出す。
「まずい!」
だが。
硬すぎる。
短剣では傷がつかない。
ジークの剣も弾かれる。
オルディスの魔法も決定打にならない。
その時。
シオンは動かなかった。
じっと見ている。
観察している。
ナギが叫ぶ。
「シオン!」
「考えてる」
「今!?」
「今」
真面目だった。
だから誰も反論できない。
巨木。
結晶。
根。
水脈。
神樹。
薬草。
全部。
頭の中で繋がる。
そして。
シオンは気づいた。
「……あれ」
オルディスが振り向く。
「何かわかったのか?」
シオンは巨木の胸元を指差した。
そこだけ。
ほんのわずかに光っている。
緑色。
神樹と同じ色。
「生きてる」
「?」
「まだ治せる」
静寂。
ナギが思わず叫ぶ。
「また治療なの!?」
シオンは頷いた。
「病気だから」
ジークが笑ってしまった。
こんな怪物を見て。
病気と言う薬師は世界中探しても一人だろう。
その時。
ミルが前へ出た。
黄金の瞳が巨木を見る。
そして静かに言う。
「泣いてる」
風が止まる。
皆がミルを見る。
ミルは続けた。
「この子」
「助けてって言ってる」
シオンは頷いた。
迷いはなかった。
「助ける」
その言葉と同時に。
黒い巨木が、
まるで返事をするように咆哮した。
だがその声は。
怒りではなく。
どこか悲鳴のようだった。
そして――
街の地下深くで。
まだ誰も知らない巨大な施設が、
ゆっくりと動き始めていた。
ベルクの残した、
神樹計画の本体が。




