第三十九話
巨大な根の奥。
淡い緑色の光が揺れていた。
まるで森の呼吸。
ゆっくり。
穏やかに。
生きているように。
ミルはその光へ向かって歩き出す。
「こっち」
迷いがない。
ずっと通っている道なのだろう。
シオンたちも後に続いた。
根の内部は不思議な空間だった。
壁は木。
なのに柔らかく光っている。
まるで星空の中を歩いているみたいだ。
リリは何度も周囲を見回している。
「すごい……」
エルフである彼女ですら、
こんな場所は知らない。
オルディスも無言だった。
その表情には驚きが浮かんでいる。
やがて。
一行は広い空間へ出た。
全員が息を呑む。
中心には湖があった。
始原泉より小さい。
だが。
透明度は比べ物にならない。
底まで見える。
そして。
湖の中央には一本の若木が立っていた。
若木。
そう見える。
だが周囲の巨大な根と繋がっている。
これが神樹の本体なのだろう。
不思議な光を放っている。
優しい光だった。
ミルは湖の前で膝をついた。
「連れてきた」
静寂。
その時。
湖面が揺れた。
波紋が広がる。
そして。
声が響く。
男とも女とも違う。
老人にも子どもにも聞こえる。
不思議な声。
「ありがとう、ミル」
ナギが飛び上がった。
「しゃべったぁ!?」
ジークも固まっている。
レインは目を擦った。
現実逃避である。
しかし。
声は続いた。
「久しぶりですね」
「薬師の継承者」
シオンを見ていた。
シオンは首を傾げる。
「継承してない」
神樹は少し沈黙した。
確かにその通りだった。
誰からも継承されていない。
勝手に薬師をやっているだけである。
ミルが小さく吹き出した。
初めて笑った。
神樹は優しく言った。
「それでも貴女は選ばれています」
「なぜ?」
シオンはすぐ聞く。
神樹は答えた。
「人を治そうとするから」
シオンは考える。
少しだけ。
そして。
「薬師だから」
当たり前のように答えた。
神樹は嬉しそうだった。
風が吹く。
若木の葉が揺れる。
すると。
湖面に映像が浮かんだ。
昔の景色。
七つの庭。
広大な薬草園。
人々の暮らし。
そして。
巨大な神樹。
今より遥かに大きい。
空を覆うほどに。
神樹は静かに語る。
「かつて世界には七つの庭がありました」
「病を癒し」
「争いを鎮め」
「種族を繋ぐ場所」
映像が変わる。
火。
戦争。
崩壊。
七つの庭が消えていく。
神樹の声が少し悲しそうになる。
「人々は力を求めました」
「癒しよりも」
「共存よりも」
シオンは思い出す。
ベルク。
始原泉。
同じだ。
やがて映像は消えた。
神樹は静かに言う。
「今残る庭は二つ」
全員が顔を上げる。
「二つ?」
リリが聞く。
神樹は頷く。
「一つはここ」
「そしてもう一つは――」
その時だった。
湖面が黒く染まった。
全員が身構える。
神樹の光も揺れる。
ミルが顔を上げた。
初めて焦った顔を見せる。
「……来た」
神樹が低く呟く。
「間に合いませんでしたか」
空気が変わる。
優しかった森が緊張に包まれる。
シオンの瞳が細くなる。
「何が来た」
神樹は答えた。
「神樹計画」
静寂。
ベルクが持っていた資料。
第三研究区画。
神樹計画。
全部が繋がった。
そして次の瞬間。
遠くで爆発音が響いた。
ドォォォン!!
森が揺れる。
鳥たちが一斉に飛び立つ。
ジークが振り返る。
「今のは……!」
神樹は静かに言った。
「ルーメンです」
全員の顔色が変わった。
街が襲われている。
しかも。
敵はもう動き始めていた。




