第三十八話
「追う」
シオンが言うと同時に走り出した。
「待ってぇぇ!」
ナギも慌てて後を追う。
ジーク。
リリ。
レイン。
オルディス。
気づけばいつもの面々が森へ入っていた。
白耳の少女は速かった。
まるで森そのものと一体になっている。
枝を飛び越え。
岩を蹴り。
木々の間を駆け抜ける。
獣人のナギですら驚くほどだ。
「なんなのあの子!?」
「速い!」
だが。
前を走るシオンは冷静だった。
少女の足跡。
折れた草。
揺れた枝。
全部見ている。
薬師として薬草を探してきた経験が、
こういう時にも役立つ。
オルディスが苦笑した。
「追跡もできるのか」
「薬草探しと同じ」
「同じなのか……」
やがて。
森の空気が変わり始めた。
静かだ。
鳥の声もない。
風の音さえ小さい。
リリが不安そうに周囲を見る。
「ここ……知らない」
エルフの彼女でも知らない場所。
それはつまり。
普通の人間が踏み込まない領域ということだ。
その時。
前方に光が見えた。
木々の切れ間。
広場のような空間。
そして。
全員が足を止める。
「……え」
ナギが言葉を失った。
そこには。
巨大な根があった。
山のような根。
家どころか城より大きい。
大地から現れたそれは、
遥か上空まで続いている。
見上げても先が見えない。
まるで世界の柱。
リリが震える声を出す。
「神樹……」
白耳の少女はその根の前に立っていた。
そして。
振り返る。
黄金の瞳がシオンを見る。
「来た」
短い言葉。
シオンも頷く。
「来た」
ナギが呟く。
「会話成立してる」
少女は近づいてきた。
年齢は十歳前後。
だが。
目が違う。
長い年月を生きているような、
不思議な雰囲気があった。
「名前」
シオンが聞く。
少女は少し考える。
「ミル」
ミル
「ミル」
シオンは覚えた。
ミルも頷く。
「薬師様」
ナギが割り込む。
「ちょっと待って」
「なんでシオンが薬師様なの?」
ミルは首を傾げる。
不思議そうに。
「薬師様だから」
「説明になってない!」
すると。
地面が微かに震えた。
ゴゴゴ……
巨大な根が動く。
全員が身構える。
だが。
恐怖はなかった。
むしろ。
歓迎されているような感覚。
暖かい。
優しい。
始原泉で感じたものに似ていた。
シオンは根へ近づく。
そして手を触れる。
その瞬間。
景色が変わった。
見えたのは。
遥か昔の世界。
まだルーメンも存在しない時代。
神樹の周りには庭があった。
七つの庭。
薬草が咲き乱れ。
エルフ。
獣人。
人間。
様々な種族が共に暮らしている。
その中心には。
一人の女性。
白い外套を纏った薬師。
人々が彼女を囲んでいる。
病を治し。
怪我を癒し。
笑顔を守る。
そんな存在。
そして。
彼女は振り返った。
まるでシオンを見るように。
次の瞬間。
視界が戻る。
シオンは根から手を離した。
少し息が乱れている。
ナギが慌てる。
「大丈夫!?」
シオンは静かに頷く。
そして。
ぽつりと言った。
「……初代薬師」
オルディスが目を見開く。
「何を見た?」
シオンは巨大な根を見上げる。
神樹は静かにそこにあった。
そして確信する。
ルーメン。
始原泉。
神樹の庭。
全部は一つの歴史だった。
その時。
ミルが小さく呟く。
「神樹様が待ってる」
「え?」
ナギが聞き返す。
ミルは当たり前のように言った。
「会いたいって」
全員が固まった。
神樹に?
会う?
ミルは首を傾げる。
「変?」
いや。
かなり変である。
だが。
神樹の根のさらに奥から。
ゆっくりと光が漏れ始めていた。
まるで。
本当に誰かが待っているかのように。




