第三十六話
「神樹の庭……?」
ナギが聞き返す。
陽だまりの段丘に集まった皆が、
石碑の周りへ集まっていた。
オルディスは土を払いながら文字を読む。
かなり古い。
少なくとも数百年。
いや、
千年を超えていてもおかしくない。
「続きは?」
シオンが聞く。
オルディスは石碑を追う。
欠けている部分も多い。
だが。
断片的に読めた。
神樹を守る者
命の水脈
七つの庭
最初の薬師
シオンの手が止まる。
「薬師」
オルディスも頷いた。
「そう書いてある」
静寂。
ナギが嫌な予感を覚える。
始原泉。
古代遺跡。
封印。
そして今度は神樹。
ルーメンの周辺は、
思った以上に何かを抱えている。
その夜。
石碑は薬屋へ運ばれた。
シオンは夕食もそこそこに、
解読を始めている。
フィアが呆れた顔をした。
「休まないんですか?」
「気になる」
「そうでしょうね……」
もう少し自分を大事にしてほしい。
フィアは本気でそう思った。
その時。
レインが石碑の裏側を見ていた。
「これ」
皆が振り向く。
裏面に何か刻まれている。
オルディスが覗き込み、
目を細める。
「地図だ」
簡略化された地形。
山。
川。
そして。
七つの円。
そのうち一つには印が付いている。
ちょうどルーメンの位置だ。
「七つの庭……」
リリが呟く。
シオンは考える。
七つ。
つまり。
神樹の庭は一つではない。
翌朝。
薬屋の前には大勢の人がいた。
薬草園づくりの続きだ。
段丘には少しずつ畑が増えている。
木の柵。
貯水槽。
苗床。
まだ小さい。
でも確実に形になっていた。
熊獣人の移住者が笑う。
「街作ってるって感じだな!」
子どもたちも楽しそうだった。
シオンはその様子を見て、
少しだけ満足そうに頷く。
そこへ。
フィアが駆けてきた。
珍しく慌てている。
「シオンさん!」
「?」
「月光花です!」
「どうしたの」
「増えてます!」
全員が固まる。
薬草が増えるのは良いことだ。
普通なら。
しかし。
フィアは真顔だった。
「昨日植えたばかりなんですよ!?」
「今日見たら三倍になってます!」
ナギが吹き出した。
「なんで!?」
シオンも首を傾げる。
意味がわからない。
そこでオルディスが畑へ向かう。
そして。
しばらくして。
顔色を変えて戻ってきた。
「……おかしい」
「何が?」
ナギが聞く。
オルディスは静かに言った。
「月光花だけじゃない」
「薬草全体の成長速度が異常だ」
シオンの目が細くなる。
原因を考える。
水。
土。
魔力。
そして。
脳裏に浮かぶ。
神樹の庭。
始原泉。
地下水脈。
全部が繋がっている気がした。
その時。
地面が微かに震えた。
誰もが顔を上げる。
ほんの一瞬。
本当に一瞬だった。
だが。
シオンだけは気づいた。
薬草園の奥。
森の向こう。
巨大な樹の幻影が見えたことに。
枝は空を覆い。
根は大地を貫き。
まるで世界そのものを支えているような樹。
瞬きをした時には消えていた。
「……いた」
ぽつりと呟く。
「何が?」
ナギが聞く。
シオンは森を見る。
そして。
静かに答えた。
「神樹」
風が吹く。
陽だまりの段丘の薬草たちが、
一斉に揺れた。
まるで歓迎するように。




