第三十五話
翌朝。
シオンは日の出と同時に起きていた。
薬屋の机には紙が何枚も並んでいる。
薬草の名前。
栽培計画。
必要な土地。
水路。
収穫時期。
びっしり書き込まれていた。
ナギは眠そうな顔で覗き込む。
「……寝た?」
「少し」
「何時間」
「一時間くらい」
ナギは額を押さえた。
「少しじゃない」
朝食後。
シオンたちは陽だまりの段丘へ向かう。
リリが案内役だ。
始原泉騒動のあと、
周辺の魔力環境は安定していた。
鳥が戻り。
小動物も戻り始めている。
そして。
段丘へ到着した瞬間。
シオンの足が止まった。
「……いい」
短い。
だが最高評価だった。
ナギには分かる。
かなり気に入ったらしい。
目の前には広い斜面。
柔らかな日差し。
清流。
肥えた土。
薬草栽培に必要な条件が揃っている。
リリが少し嬉しそうに言う。
「昔はここで薬草を育ててたんだって」
シオンは地面を触る。
土を確かめる。
水を調べる。
そして。
「決定」
即決だった。
その日の午後。
ルーメン中から人が集まった。
鍬を持った農家。
職人。
移住してきたドワーフ。
獣人たち。
子どもたちまでいる。
広場でジークが言う。
「薬草園づくりを手伝ってくれる人はいるか!」
すると。
予想以上の人数が手を挙げた。
ナギが驚く。
「多くない?」
ジークが笑う。
「みんな借りがあるんだよ」
灰霧病。
井戸。
始原泉。
助けられた人は多い。
今度は自分たちが返す番だった。
その頃。
薬屋には新しい薬草師が来ていた。
エルフの女性。
名前は――
フィア
淡い緑色の髪。
穏やかな笑顔。
シオンより少し年上だろう。
彼女は薬草の束を見て目を丸くした。
「これ全部集めたんですか?」
シオンは頷く。
「必要だった」
「すごい……」
フィアは感心していた。
普通の薬師なら扱えない量だ。
そして。
彼女は棚の一角を見て固まった。
「え?」
「どうした?」
シオンが聞く。
フィアは震える指で薬草を指差した。
「これ……月光花ですよね?」
「うん」
「絶滅種なんですけど!?」
シオンは首を傾げた。
「森にあった」
フィアは天井を見上げた。
なんだこの薬師。
夕方。
陽だまりの段丘では、
最初の畑づくりが始まっていた。
獣人たちが木を運ぶ。
ドワーフが水路を作る。
子どもたちが石を拾う。
誰もが忙しい。
その様子を見ながら、
レインがぽつりと呟く。
「変わったな」
リリが笑う。
「うん」
以前なら考えられなかった。
人間と獣人が一緒に働く。
エルフが移住してくる。
街の未来を話す。
そんな光景。
だが。
その時。
段丘の端で作業していた熊獣人が叫んだ。
「おい!」
全員が振り向く。
「なんか埋まってるぞ!」
ざわめきが起きる。
掘り返された土。
その下から現れたのは――
石だった。
ただの石ではない。
古い。
とても古い。
表面には文字が刻まれている。
オルディスが近づく。
そして顔色が変わった。
「……古代文字だ」
シオンもしゃがみ込む。
石碑の一部らしい。
土の中にまだ続いている。
ナギが嫌な顔をする。
「また何か出てきた」
ルーメンでは最近、
その予感はだいたい当たる。
オルディスは石の文字を読んでいく。
そして。
静かに息を呑んだ。
「これは……」
「何て書いてあるの?」
リリが聞く。
オルディスは数秒黙り。
ゆっくり答えた。
「『神樹の庭』」
風が吹いた。
遠く。
誰も気づかない場所で。
一本の巨大な樹が、
静かに脈動していた。




