第三十四話
始原泉の騒動から二週間後――
ルーメンは少し変わっていた。
朝。
広場には人の声が響いている。
井戸には列。
市場には野菜。
子どもたちが走り回る。
まだ豊かな街ではない。
壊れた建物も残っている。
病人もいる。
でも。
以前のルーメンとは違った。
人々の顔に、
少しだけ笑顔が戻っている。
そして。
その変化の中心には。
「違う」
相変わらず難しい顔をしている少女がいた。
シオンである。
「ここじゃない」
薬屋の裏庭。
地面に棒で図を書きながら、
真剣な顔で考えている。
ナギが覗き込んだ。
「今度は何?」
「薬草園」
「また始まった」
ナギは慣れていた。
シオンが何かを思いつく。
↓
突然動き始める。
↓
周囲を巻き込む。
最近ずっとこれだ。
シオンは地面を指差す。
「今の薬草畑、小さい」
「うん」
「種類少ない」
「うん」
「だから増やす」
「うん」
「街で育てる」
ナギは頷く。
もう驚かない。
しかし。
シオンは続けた。
「百種類くらい」
ナギは驚いた。
「多い!!」
同じ頃。
ルーメンの門では。
自警団が見慣れない集団を迎えていた。
馬車が三台。
旅人ではない。
移住希望者だった。
ジークが腕を組む。
「本当に来たのか」
最近。
始原泉の件が周辺の村へ伝わった。
『ルーメンは病を乗り越えた』
『薬師がいる』
『仕事がある』
そんな噂も広がった。
結果。
人が来始めたのだ。
先頭にいたのは。
大柄な熊獣人の男性。
その後ろには家族。
さらに職人らしいドワーフ。
荷物を抱えた若い夫婦。
様々な種族。
様々な事情。
ジークは少し笑う。
「忙しくなるな」
その日の夕方。
シオンは薬屋で帳簿を見ていた。
すると。
ドアが開く。
カラン。
「こんにちは」
聞き慣れない声。
顔を上げる。
そこにいたのは。
耳の長い女性だった。
エルフ。
だがオルディスとは違う。
もっと若い。
もっと柔らかい雰囲気。
彼女は丁寧に頭を下げた。
「薬草師をしています」
「仕事を探していて」
シオンは瞬きをした。
薬草師。
欲しかった人材。
ちょうど今。
一番欲しかった。
ナギが後ろから顔を出す。
そして。
シオンを見る。
シオンを見るだけでわかった。
目が輝いている。
これはもう決まった。
「採用?」
ナギが聞く。
シオンは即答した。
「採用」
「まだ何も聞いてないよね!?」
その夜。
ルーメンの広場には新しい顔が増えていた。
移住者。
職人。
獣人。
エルフ。
人間。
少しずつ。
少しずつ。
ルーメンは変わり始めている。
シオンは街灯の下でそれを見ていた。
以前は暗かった広場。
今は灯りがある。
人の声がある。
未来がある。
その時。
レインが隣へ来た。
体調も少しずつ回復していた。
「……増えたな」
シオンは頷く。
「うん」
レインは笑う。
「街みたいになってきた」
シオンは少し考えた。
そして答える。
「街だよ」
その言葉に。
レインは静かに笑った。
だが。
その頃。
遠く離れた王都では。
ベルクが一枚の報告書を机へ置いていた。
そこには大きく書かれている。
【ルーメン計画失敗】
ベルクは笑う。
「失敗ではありません」
そして。
机の上には別の資料。
その表紙には。
【第三研究区画】
【神樹計画】
と記されていた。
ルーメンを巡る戦いは、
まだ始まったばかりだった。




