第三十一話
ゴォォォォォ……
始原泉の中央。
湖面が大きく揺れる。
水そのものが発光していた。
青白い光が、
湖の底から脈動するように広がっていく。
まるで心臓だ。
生き物の鼓動みたいに。
リリが思わず後ずさる。
「な、なに……あれ……」
ジークも剣を抜いた。
「嫌な予感しかしねぇな」
ベルクは湖の中央の石柱に立ったまま、
恍惚とした表情で光を見つめている。
「美しいでしょう」
「何百年も眠っていたんです」
オルディスの顔色が変わった。
「お前……まさか」
ベルクは笑う。
「そうです」
「灰霧病は目的ではない」
「鍵です」
静寂。
シオンの瞳が細くなる。
「鍵」
「ええ」
ベルクは両腕を広げた。
「始原泉の底には古代の封印がある」
「膨大な魔力」
「失われた知識」
「世界を変える力」
ナギが顔をしかめる。
「絶対ろくでもないやつじゃん」
ベルクは否定しない。
むしろ嬉しそうだった。
「変革には代償が必要です」
その瞬間。
湖の中央で、
巨大な光柱が立ち上がった。
轟音。
空まで届く光。
湖面が割れる。
そして。
底が見えた。
誰も息をするのを忘れた。
湖の底にあったのは。
巨大な石の扉。
遺跡より大きい。
山ほどもある扉。
無数の古代文字が刻まれている。
リリが震える声を出した。
「伝承……本当だった……」
オルディスも呆然としていた。
エルフですら、
神話だと思っていたもの。
それが目の前にある。
ベルクは歓喜していた。
「あと少し」
「あと少しで開く」
その時。
シオンだけが別のものを見ていた。
扉じゃない。
湖だ。
水。
流れ。
結晶。
光。
全部を観察している。
そして。
「……違う」
ぽつりと呟く。
ナギが振り向く。
「何が?」
シオンは答える。
「扉開いてない」
「?」
「壊れてる」
全員が止まる。
ベルクの笑みもわずかに消えた。
シオンは湖畔へ近づく。
黒い結晶を観察する。
手は触れない。
視線だけで追う。
そして確信した。
「封印じゃない」
「治療」
静寂。
オルディスが目を見開く。
「何?」
シオンは湖を見る。
「この結晶」
「封印維持じゃない」
「汚染を抑えてる」
ベルクの表情が変わった。
初めてだった。
焦りに近い何か。
シオンは続ける。
「泉が病気なんだ」
誰も理解できない。
だがシオンだけは見えていた。
薬師だから。
病気を見る目で世界を見ているから。
「古代の人たち」
「扉閉じたんじゃない」
「治そうとした」
風が吹く。
湖面が揺れる。
ベルクが低く言った。
「黙れ」
初めて怒気が混じった。
シオンは止まらない。
「だから結晶が生えてる」
「だから水を浄化してる」
「だから灰霧病が広がった」
ベルクが叫ぶ。
「黙れ!!」
轟!!
湖面から黒い魔力が噴き上がる。
同時に。
石の扉が震えた。
ズズズズズ……
少しだけ。
ほんの少しだけ開く。
その隙間から。
真っ黒な霧が漏れ出した。
見た瞬間、
全員の背筋が凍る。
本能が警告する。
あれは危険だと。
リリが震える。
「……なに、あれ」
レインの顔色が消えた。
「先生たちが探してたもの……」
ベルクは歓喜していた。
「成功だ」
「成功した!」
しかし。
シオンだけは違った。
扉を見る。
霧を見る。
そして言った。
「違う」
「失敗してる」
次の瞬間。
扉の向こうから。
巨大な眼が開いた。
湖全体が震えた。
まるで。
封印の向こう側にいた何かが、
こちらを見返したかのように。




