第三十話
夜明け前。
空はまだ薄青く山には朝霧が残っていた。
ルーメンの広場には予想以上の人が集まっている。
自警団。
獣人たち。
職人。
薬屋の手伝いを始めた住民たち。
皆不安そうな顔をしていた。
だが。
誰も諦めてはいなかった。
シオンが広場へ出ると自然と道が開く。
本人は気づいていない。
けれど。
いつの間にか、
ルーメンの人々は彼女を見ていた。
街を変えようとしている少女を。
「準備できた」
シオンが言う。
ナギが笑う。
「相変わらず短いなぁ」
ジークも苦笑した。
「まぁわかりやすい」
そして一行は出発する。
目的地は、
陽だまりの段丘のさらに奥。
古い地図にも記された場所。
始原泉。
エルフの伝承に残る魔力の源泉。
リリが先頭を歩く。
森の奥へ。
人の手がほとんど入っていない道だ。
木漏れ日。
鳥の声。
澄んだ空気。
本来なら美しい場所。
だが。
進むにつれて異変が増えていく。
「……これ」
ナギが立ち止まる。
岩肌に黒い結晶が生えていた。
拳ほどの大きさ。
薄く霧を放っている。
シオンがしゃがみ込む。
触れない。
観察だけ。
「灰霧結晶」
オルディスが頷く。
「資料の記述と一致する」
さらに進む。
また結晶。
また結晶。
まるで。
泉へ向かう道を示すように。
リリが不安そうに呟く。
「こんなの前はなかった……」
シオンは黙っていた。
頭の中で、
別の疑問が大きくなっている。
なぜ。
こんな大規模な実験を。
辺境の街一つのために?
その時。
レインが小さく言った。
「先生たちは探してた」
皆が振り向く。
「何を」
レインは顔を伏せる。
思い出したくない記憶だ。
それでも話す。
「……泉じゃない」
「泉の下にあるもの」
空気が変わる。
オルディスの表情が険しくなる。
「下?」
レインは頷く。
「ずっと言ってた」
「扉を開くって」
静寂。
ナギが嫌そうな顔をする。
「急に危険な単語出てきた」
その時だった。
森が開けた。
全員の足が止まる。
目の前に。
巨大な湖が広がっていた。
泉というより小さな内海。
水は本来なら透明だったのだろう。
だが今は違う。
黒い結晶が湖畔を覆い尽くしている。
水面から灰色の霧が立ち上る。
そして。
湖の中央。
古代遺跡のような石柱が並んでいた。
リリが息を呑む。
「……始原泉」
誰も言葉を失う。
美しかった。
恐ろしいほどに。
そして。
どこか壊れていた。
シオンは静かに湖を見つめる。
すると。
水面の向こう。
石柱の上に。
一人の人影が立っていた。
白衣。
長い髪。
穏やかな笑み。
ベルクだった。
彼はまるで待っていたかのように、
ゆっくり拍手する。
パチ……パチ……パチ……
「素晴らしい」
「本当にここまで辿り着くとは」
ナギが短剣を抜く。
ジークも剣へ手をかける。
だがベルクは気にも留めない。
そして。
静かに湖を振り返る。
「見てください」
「これが未来です」
次の瞬間。
湖の中央で。
ゴォォォォ……
巨大な光が、
水の底から立ち上がった。
まるで。
何かが目覚めるように。




